一橋山岳会のホームページへようこそ。当ホームページは2008年8月1日に開設しました。
トピックス 会   報
2011年以前の「トピックス」はこちら

▼日付をクリックするとそれぞれ開催された日の詳細へジャンプします。


■2018年5月26〜27日 ご報告:今年度夜叉神・高谷山・かんば平作業
                                      小島 和人(昭和40年卒)
■2018年5月8〜11日 13回目の三四郎会が函館で開催されました。
■2018年2月10日 故宮武幸久会員のお別れの会が執り行われました。
■2017年11月25日 2017月見の宴の報告  内海(一橋山岳部主将:法学部4年)
■2017年10月6日 中村保会員(昭和33年卒)が生涯スポーツ功労者表彰を受賞されました。  
■2017年6月8〜9日 12回目の三四郎会が谷川岳周辺で開催されました。
■2017年5月20〜21日 報告:今年度夜叉神・高谷山・かんば平作業 小島 和人(昭和40年卒)


■2016年11月5日 2016月見の宴の報告  上 茂衡(一橋山岳部:法学部4年)
■2016年11月4日 中村保さん(昭和33年卒)がソウルでアジア黄金のピッケル賞を受賞しました。
■2016年9月30日 JAC2016年報『山岳』111号に中村保さんが自著を語る記事が掲載されました。
■2016年9月29日 HUHACグループメール・メンバーへAAE−News第2号が自動配信され、
             Asian Alpine E-NewsのHPへのリンクボタンが当HPに設置されました。
■2016年7月8日 神威岳山麓に大塚武先輩の遭難レリーフを訪ねました。
                                         小島 和人(昭和40年卒)
■2016年6月9〜10日 三四郎会の報告  佐藤 久尚(昭和41年卒) 
■2016年5月28〜29日 夜叉神峠・高谷山周辺の登山道整備   小島 和人(昭和40年卒)
■2016年1月1日 一橋山岳部部長(チーフリーダー)に上茂衡さんが就任されました。


■2015年12月5日 中村保さん(昭和33年卒)がJAC祝賀晩餐会で記念講演「禁断の南チベット2014」をされました。
■2015年11月7日 本年度の芦安・高谷山周辺山道修復作業(ご報告) 小島 和人(昭和40年卒)
■2015年11月1日 月見の宴の報告(「いか焼き」出店)
■2015年10月 故中村慎一郎君遭難慰霊碑を探して 三度目の正直  松尾 信孝(昭和48年卒)
■2015年6月13日 新緑の宴が国立で開催されました。
■2015年5月26日 一橋山岳部部室の外壁丸太補修が完了しました。
■2015年3月5日 三四郎会B班報告  坂井 溢弘(昭和41年卒) 
■2015年3月4〜5日 三四郎会報告−天城越え紀行  吉沢 正(昭和42年卒) 
■2015年1月24日 一橋山岳部部室の外壁が再塗装されました。


■2014年11月 故中村慎一郎君遭難慰霊碑を探して  松尾 信孝(昭和48年卒)
■2014年11月15〜16日 芦安・高谷山周辺の山道修復作業報告   小島 和人(昭和40年卒)
■2014年11月15日 山岳月刊誌『PEAKS』2014年12月号に一橋山岳部の記事が掲載されました。
■2014年11月1日 月見の宴の報告(「とり天」について)
■2014年10月18日 中村保さん(昭和33年卒)が国際山岳連盟(UIAA)の名誉会員に選ばれました。  
■2014年10月12日 楽曲『山恋しくて鳳凰三山』の縁、韮崎市長から感謝状
■2014年9月8日 ヒマラヤの東山峰地図集が出版されます。 中村 保(昭和33年卒)
■2014年7月1日 一橋大学で富士山講習会が行われました。  
■2014年5月17日 新緑の宴が国立で開催されました。
■2014年3月9日 聖蹟桜ヶ丘で中村保さん(昭和33年卒)の講演会が行われました。  


■2013年11月30日 M(守屋益男)山岳図書館を訪問しました。 中村 雅明(昭和43年卒)
■2013年11月30日 M(守屋益男)山岳図書館を訪問しました。 金子 晴彦(昭和46年卒)
■2013年11月3日 月見の宴(含む「とり天」出店)の報告 
            小宮山尚与志(商学部4年) 原 萌子(社会学部2年)
■2013年9月23日  芦安での登山路整備作業のご報告 小島 和人(昭和40年卒)
■2013年5月28日 中村保さん(昭和33年卒)の第2回梅棹忠夫・山と探検文学賞受賞式が長野市で行われました。
■2013年5月24〜25日 第8回三四郎会総会が伊東温泉で行われました。 
■2013年5月18日 新緑の宴が国立で開催されました。
■2013年5月12日 故中村慎一郎君の大谷原追悼行が行われました。
               藤原 朋信(昭和44年卒) 金子 晴彦(昭和46年卒)
■2013年4月 『如水会々報』2013年4月号の「セピアの世界から」に一橋山岳部の記事が掲載されました。
■2013年3〜4月 中村保さん(昭和33年卒)の第2回梅棹忠夫・山と探検文学賞受賞が新聞・雑誌で報じられました。
■2013年3月13日 中村保さん(昭和33年卒)が第2回梅棹忠夫・山と探検文学賞受賞

  
■2012年11月28日 『山梨日々新聞』2012年11月28日朝刊に「夜叉神峠周回路」の記事が掲載されました。
■2012年11月15日 『岳人』2012年12月号−TOPICSに「夜叉神峠周回路」の記事が掲載されました。
■2012年11月3日 月見の宴が開催されました。
■2012年10月27日 夜叉神峠周回路「初歩き会」が行われました。
■2012年10月26〜27日 拡大三四郎会が山梨県南アルプス市芦安で行われました。 
■2012年9月25日 第20回メトロ会懇親会が開催されました。
■2012年8月23日 南アルプス芦安山岳館で「南アルプス登山史を探る」企画展が開催されています。             *************************************竹中 彰(昭和39年卒)
■2012年6月16、17、23、24日 登山道整備の報告 本間 浩(昭和40年卒)
■2012年4月14日 新緑の宴 前神 直樹(昭和51年卒)
■2012年4月  芦安との関係が深まっています。 中村 雅明(昭和43年卒)
HUHACメール=一橋山岳会メーリングシステムで配信され たメール






■2018年5月26〜27日 ご報告:今年度夜叉神・高谷山・かんば平作業
                                       小島 和人(昭和40年卒)
              ****** 2018年5月31日HUHACメールより転載

針葉樹会の皆様

 今年度の芦安周辺の山道補修作業は10人の会員が参加して5月26日(土)、27日(日)に滞りなく実施されました。芦安ファンクラブ、地元富士通アイ・ネットワークシステムズ社の皆さんと総勢23名が集まり、芦安山の神での芦安安全祈願祭に参加した後、従来の高谷山周辺と新たに唐松岳2班に分かれて実施しました。それぞれについて岡田会員、中村(雅)会員から以下ご報告して頂きます。  小島 和人

1.高谷山周辺

(1)5月26日 メンバー;小島、本間、佐藤(久)、岡田、糟谷
担当した区域の登山道は、落ち葉に覆われていて滑りやすくなっている箇所があったが、そのような箇所は鍬を使って整地した。
桧尾峠の案内板が熊にかじられて判読できなくなっていた。早急に作り直す必要がある。
桧尾峠からは、はしご・鎖・トラロープの連続する難所が続くが、補修が必要な箇所はなかった。

(2)5月27日 メンバー;小島、本間、佐藤(久)、岡田、佐藤(活)
この日は中池まで登り、中池から高谷山まで登って桧尾峠まで周回する登山道を補修整備した。トラロープ130mを持ち上げて、主として高谷山から桧尾峠へ下るルートの必要箇所に設置した。高谷山頂上の指導標は立派で明瞭であるが、降り口は伐採された太い丸太が投げ捨てられたようにおいてあり、さらに急坂が続いているため、階段つくりが必要と感じた。危険箇所のロープは張られていたが、さらに必要と思われる箇所には追加で設置した。本日のルートは、人が歩いた形跡がなかったのは残念だった。
夜叉神トンネル東口から登り始めの急登も加えて、約100mのトラロープを設置した。
ルート全体を通じて、色テープをもう少し結んで、方向の明示をする必要を感じた。
ペンキの場合、経時変化で見えにくくなる傾向がある。          岡田健志

▼画像をクリックすると大きく表示されます。
5月26日
(撮影:岡本氏)
安全祈願祭にて
(右:本間)
5月27日 8:25
(撮影:岡田)
作業開始前の打ち合わせ
 (左から佐藤(久)、前神、中村、
井草、大滝氏、小島)
5月27日 11:36
(撮影:岡田)
高谷山(頂上)から北岳


2.唐松岳周辺

 今回の作業コースは、櫛形山の北方、アヤメ平先の唐松岳(1856.4m)から芦安温泉に下るミネバリ(櫛材用の固い木質の樹木)尾根コースです。昭文社の地図では点線で荒廃と表示されています(マップ参照)。


(1)5月26日(土)

  [参加者]リーダー:清水准一氏
   芦安ファンクラブ8名、富士通3名、針葉樹会5名(中村(雅)、井草、前神、佐藤(活)、太田)
   
  [活動]
   3台の車に分乗し林道を進んで、唐松岳ミネバリ尾根コース登山口(950m)に到着。
   登山口には指導標がなく知る人でないと判りません。1pで尾根上の平地(萩平)で休憩。
   そこから傾斜が急になり登山道も不明瞭なのでかなり息を切らして林道(1600m位)まで登りました(休憩無し!)。
   登りながらテープ、スプレーで道順印をつけました。
   林道で昼食(13:30〜14:00)後、登って来たルートを下りながら消えかけていた登山道を復活(整備)しました。
   道をふさぐ倒木をチェンソーで切り、張り出した枝をノコギリorナタで払います。急な斜面には鍬で階段を作ります。
   道をふさぐ木の枝、落ち葉を除けます。テープ、スプレーで丹念に道印をつけました。
   これらの作業の模様を富士通アイ・ネットワークシステムズの岡本氏が逐一撮影されています(翌日も)。
   車を置いた林道に16時頃降り立ち、本日の作業を終了しました。

(2)5月27日(日)
  [参加者] リーダー:清水准一氏
   芦安ファンクラブ7名、富士通3名、針葉樹会3名(中村(雅)、井草、前神)

   [活動]
   今日は昨日車を置いた場所から20分先の丸山登山口に車を置き、丸山登山道を唐松岳まで登りました。
   そこで昼食後、ミネバリ登山道を整備しながら昨日の作業終点まで下り、予定したミネバリ尾根コースの整備を完了しました。
    登山口8:30〜唐松岳(昼食:11:00−40)〜(旧道整備作業)〜林道11:00−15〜(林道歩き)〜丸山登山口下15:35
   ※唐松岳までの丸山登山道は緩やかな登りで明るい樹林・カラマツの新緑が綺麗な良いコースでした。
     紅葉の頃に歩くのも良いでしょう。
   ※唐松岳の三等三角点の前で清水さんから「三角点講義」がありました。三角点の四方一坪は国土地理院の地所である、
     三角点柱石は60kg/本、淡路島産・・・など興味深い話でした。
   ※今日も昨日と同様な作業を行いましたが、道は昨日より明瞭で傾斜も緩やかだったので作業が楽でした。
     今日は倒れていた指導標を立て直したことが大きな作業として特筆されます。                     
                                                             中村雅明

『富士通アイ・ネットワークシステムズの岡本氏の写真集より抜粋』
5月26日
昼食後林道にて
(左から佐藤(活)、井草、
中村、前神、太田) 
5月26日
作業中の井草、前神
 (左から)
5月27日
唐松岳頂上にて
(中列左より前神、中村
〇〇、井草)
 (前列左端、清水氏)

会   報





■2018年5月8〜11日 13回目の三四郎会が函館で開催されました。

●2018年三四郎会の概要報告  小野 肇(昭和40年卒)

 2017年6月の水上温泉での三四郎会で翌年の開催の話になり、新幹線が函館まで開業したので函館でどうだろうかとのことで札幌在住の蛭川と私が幹事となりました。
 9月頃、時期と場所について皆さんの意向を集約しました。時期は5月8日、場所は函館の湯の川温泉になりました。湯の川温泉には沢山の温泉宿があり日本旅行に候補を出してもらいました。
 12月に予算の関係も考慮し「湯の川観光ホテル苑」に決めて、参加人員の集約に入りました。予算15000円で1泊2食はもとより当日の懇親会は飲み放題付き、宴会個室確保などの打ち合わせを日本旅行と済ます。2次会の費用も捻出可能となりました。
 年明けてから、9日のハイキングについて検討に入り、函館山ハイキングコース(帰りはロープウェイ使用も可)、函館山縦走コース、観光コースと3つの案を作り参加予定者の意向を聞きました。北海道にはなかなか来られないので延長戦を希望する方もおり、10日は恵山と海向山、11日は横津岳から烏帽子岳経由での袴腰岳往復を提示しました。
 延長戦は両日ともレンタカー使用となり、運転できる方の応募があるか心配しましたが、蛭川の知人の、函館マウンテンクラブの土佐会長と内城事務局長のお二人が車の提供・運転とコースガイドとを引受けてくれました。5月2日に最終案がまとまり皆さんに連絡し、5月8日を迎えました。

 参加者は12人で、本間・小島・坂井・半場・原・池知・佐藤(久)・岡田・吉沢・中村と蛭川・小野です。ホテルの送迎バスを函館駅15時30分とし、それに間に合う新幹線で本間・小島・坂井・池知・吉沢・中村が来道しました。飛行機で早めに来た岡田と私が出迎え、ホテルに8人でチェックインしました。半場・原・佐藤(久)は函館空港から、蛭川はバスで札幌からホテルにそれぞれ直行して、18時から宴会を開始できました。

 翌9日はホテル前で集合写真を撮りホテルのバス8時20分発で函館駅へ。(原はレンタカーで松前方面へ、蛭川は市内観光)。
 函館山は、本間・半場・坂井・池知・岡田・吉沢・中村・小野の8人。旧登山道コースで頂上へ。ここで帰京する坂井・池知と別れる。6人は、千畳敷、地蔵山、七曲がりコースをまわり、立待岬を見学し、谷地頭温泉で汗を流し、函館駅前のホテルへ。夜はこの6人に原・蛭川を入れて8人で酒宴。

 5月10日は、7時30分にホテルに土佐・内城両氏に迎えに来ていただく。
 参加者は本間・半場・岡田・吉沢・中村・蛭川・小野の7人。恵山と海向山登山(海向山は蛭川・半場は途中まで)。下山後、函館空港に寄り、吉沢・中村は羽田空港へ。残りは函館駅前で連泊。

 5月11日は、再び土佐氏と内城氏にホテルに迎えに来ていただき、本間・岡田・蛭川・小野の4人で横津岳登山口駐車場へ。ここで函館マウンテンクラブの新人男性を加えて出発。季節外れの残雪にガスと強風に見舞われ、烏帽子岳の手前で引き返した。
新函館北斗駅から本間・岡田は東京へ。 (一部敬称略)

 蛭川補記:駐車場で合流した方の名前は忘れました。今回のような外部向けのガイドをやるときは会員に案内して希望者を参加させることにしているようです。会員飛び入りの了解を内城さんから前日に求められ、どうぞどうぞと答えました。

▼クリックすると大きく表示されます。



5月9日  8:08(撮影:岡田) 湯の川温泉「祥苑」前にて記念写真
(後列左から)原、本間、池知、小野、小島
 (前列左から)佐藤、半場、坂井、蛭川、岡田、吉沢、中村


●2018年5月9日 Re:2018年三四郎会[最終版]  小島 和人(昭和40年卒)

 蛭川さん、小野さん
 楽しい三四郎会を有難うございました。
 無事家に帰りこれから仕事です。
 楽しい山行を祈っています。

●2018年5月11日 Re:2018年三四郎会[最終版]  原 博貞(昭和41年卒)

 蛭川さん 小島さん
 今回は、ギックリ腰を押して参加しただけのお値打ち物で楽しませて頂きました。有難うございました。
 心なしか腰の痛みも少しかるくなったようです。 (腰痛には大酒が良い!)
 2日目、中山峠に向かい函館市内を出たあたりで、右手に(東北東?)円錐形の山が見えました。
 完璧なコニ−デ状の山でしたが、あれは駒ケ岳ですよね。

●2018年5月11日 Re:2018年三四郎会[最終版]  半場 三男(昭和40年卒)

 蛭川さん、小野さん
 行き届いた名幹事のお二方に感謝します。
 小生、皆さんと別れた後、うずく足をひきずりながらも、五稜郭の外周を半周し、裏の橋から場内を横切り、まだ残っていた枝垂桜と、
 八重桜を鑑賞してきましたが、ここでもきこえてきたのは、中国語と思しき声と修学旅行の思しき中学生の一団の声ばかりでした。
 その後「函館美術館」横の「北洋資料館]へ予備知識もなく入館(¥100)したところ、見ごたえのある北洋漁業の沿革史を中心とした
 展示物と説明でたっぷり時間をつかい、退屈することなく空港へ着き、今回二度目となる函館ラーメンで、北海道を味わい、
 夕刻5時少し前に無事帰宅しました。
 また、今回同行した皆さんにも感謝します。         
 あらためて、ありがとうございました。 

●2018年5月11日 Re:2018年三四郎会[最終版]  中村 雅明(昭和43年卒)

 蛭川様 小野様
 函館での三四郎会大変お世話になりました。懇切丁寧なご案内、当日の行き届いた進行感謝します。
 延長戦の函館山縦走、恵山は事前に調べた感じでは海沿いの変哲のない低山と誤解していましたが、函館山の道々の
 高山植物が素晴らしく、楽しく歩きました。
 七曲りコース下りでシラネアオイ、エンレイソウ、ヒトリシズカ、エゾエンゴサクの良い写真が撮れました。
 恵山の草木ない火山風景と海向山の樹林の道も対照的でした。
 三四郎会が無ければ函館の山を登ることがなかったと思います。有難うございました。

●2018年5月12日 Re:2018年三四郎会[最終版]  吉沢 正(昭和42年卒) 
 
 蛭川、小野両幹事殿
 今回の三四郎会では大変にお世話になりました。
 計画立案と実行面の全てに亘り、至れり尽くせりの気配り、ご尽力に深く感謝いたします。
 お蔭さまでお仲間の皆さまとの素晴らしい会食を楽しめたのみならず、函館山、恵山、海向山の三山の登山を体験できました。
 特に恵山の雄大な活火山の景観には感激しました。
 次回幹事を仰せつかりましたが、中々ここまではできないかと危惧しています。
 今後もご指導のほどよろしくお願いいたします。

●2018年5月21日 三四郎会幹事として御礼  蛭川 隆夫(昭和39年卒) 

 中村さん:
 完璧な「開催記録」ありがとうございました。

 延長戦参加者:
 ガイドを依頼しておいて登らないのはガイドに失礼かと思い、無理して参加しました。
 海向山の一部を除き、なんとか皆さんに付いて行け、久しぶりに登り、しかも積雪の道まで歩けて、一人で満足しています。

 半場さん、岡田さん:
 ガイドへの手土産、荷物になってすみませんでした。皆さんと別れた後、内城さんのお宅で土佐さんとともにコーヒーに呼ばれましたが、
 お二人とも「うなぎパイ」と「鳩サブレー」を知っていて、とても喜んでいました。(略)

 私は、その後、高校の集まりで引きつづき函館・松前に滞在し、16日深夜に帰宅。道南長期滞在の疲労もやっと抜けました。
 中村さんが函館山の自然の素晴らしさに感嘆されていましたが、函館で依頼した観光ガイド(1,500円/回。/人ではありません!)
 からそれに関連する面白い話を聞きました。ブラタモリでも一部やっていた内容ですが、下記します。

※なぜ市街に近い低山に自然が残っているか:
 明治政府は、日清戦争の戦利金で、次の日露戦争に備えて函館山に砲台を築いた。
 砲台、陣地の詳細を秘匿するために、「函館山」そのものの存在を地図から一切消し(当時の地形図は真っ白で函館山の地名すら
 なし)、アクセスも厳禁した。そのおかげで、函館山の自然は保護された。

(編集子より)
 1.「函館山縦走」、「恵山・海向山」、「横津岳」の山行報告は、当HP『国内山行報告』に掲載されています。
 2.三四郎会の開催記録(原案:小野 参加者追加:中村)
▼クリックすると大きく表示されます。




会   報




■2018年2月10日 故宮武幸久会員のお別れの会が執り行われました。

 2月10日(土)午後2時から「鎌ケ谷セレモ鎌ケ谷ホール」で上野原近郊の坪山にて遭難死された宮武幸久会員(昭和45年卒、享年70才)のお別れの会が執り行われました。
 会員33名、学生11名が参列しました。会員4名、学生1名が惜別の辞を述べ、全員で山讃賦を捧げてお別れをしました。
 お別れの会終了後、鎌ケ谷駅東口の「庄や」で献杯の席が催され、42名が出席しました。

 宮武幸久氏祭壇(撮影:金子)

●2018年2月12日 宮武家お別れの会、最終報告  藤原 朋信(昭和44年卒)
      ****** 2009年9月15日のHUHACメールより転載・加筆

 小島会長 皆様
 数年に一度の寒波ですから、体調を崩しドタキャンされる方が出ると想定しておりましたがさすが会員の皆さんは、自己管理がしっかりしておられました。幹事としては、超多忙な現役がギリギリまで模索され、出席されたことも驚きでした。
 長老から学生まで、また当日幹事が把握していなかった京都の市川様も参列されて計44名の参列でした。

1. 参列者(敬称は略させて頂きます)
[会員]33人
 佐薙(昭31) 市川(昭34) 竹中(昭39) 本間(昭40) 小島(昭40) 小野(昭40) 坂井(昭40) 佐藤(力)(昭40) 
 佐藤(之)(昭41) 原(昭41) 佐藤(久)(昭41) 池知(昭41) 岡田(昭42) 齋藤(正)(昭42) 吉川(昭42) 中村(雅)(昭43)
 藤原(昭44) 金子(昭和46) 西牟田(昭47) 松尾(昭48) 井草(昭48) 前神(昭51) 加藤(博)(昭51) 兵藤(昭52)
 松田(昭53) 佐藤(周)(昭54) 岡部(寛)(昭55) 中西(茂)(昭56) 川名(昭63) 小宮山(平27) 町田(平28) 
 高橋(直)(平28) 太田(平28)    
[学生]11人
 4年:大矢 曲 3年:坂本 2年:田中 吉田 松澤 井山 
 1年:佐々木 宮川 三宅 川原

2. 他 団体
  町内会  旭硝子  旧真下(ましも)小学校  国分寺二中歩く会  立川高校有志
  参列者 総計 150名弱

3.惜別の辞を読まれた方々
   会員;佐薙 小島 齋藤(正) 藤原  学生:坂本(山岳部主将)

4.昨晩届いた奥様(幸様) からのメールです。
  昨日はありがとうございました。町内の方からとても良い式でしたと言って頂きました。
 これもひとえに山岳部の皆様のおかげです。主人から名前を聞いていた先輩の方々にお会いできて光栄です。
 ご健康とご活躍を。

●献杯の席       進行役:中村 雅明(昭和43年卒)   (敬称略)
    出席者:お別れの会出席者の内、市川、吉川を除く42名
 1.献杯  献杯の発声・挨拶  本間 
 2.捜索から本日まで尽力された方々の紹介  中村
  1)行方不明の宮武氏の捜索
    12月25日夕方 上野原で情報収集  本間 小島 岡田 佐藤(周)
               小島 岡田 佐藤(周)は上野原泊まり
        26日    坪山捜索(宮武氏と女性2名が心肺停止で発見される)
               本間 小島 佐藤(久) 岡田 中村(雅) 藤原 兵藤 佐藤(周)
  2)  1月 4日    弔問 宮武家
               小島 佐藤(久) 岡田 藤原 中村(雅) 金子
  3)  1月10日    遭難現場にて宮武氏慰霊  坪山
               小島 佐藤(久) 中村(雅) 藤原 兵藤 佐藤(周)
  4)現場写真アルバム作成  中村
  5)宮武氏山行写真アルバム作成  岡田(宮武家に贈呈)
     写真提供:岡田24枚  中村2枚
  6)『宮武幸久君の針葉樹会活動』  本間
     @山行           8頁
     A高谷山周辺の登山道整備  5頁
     Bマーキュリー Mt.富士  2頁
  7)同年代(俵・宮武・戸川)写真アルバム作成  金子(宮武家に贈呈)
      ・宮武氏に先立って同期の俵氏が11月7日、1年後輩の戸川氏が12月16日に逝去。
       12月20日に小島・宮武・藤原・金子で俵家を弔問
      ・お別れの会の当日午前中に藤原・金子が馬来田の戸川氏の墓参
       俵家弔問、戸川氏墓参、お別れの会の写真を金子が写真アルバムに編集

 3.追悼スピーチ(卒年順)
    先輩:竹中 小野 佐藤(之) 池知 佐藤(久) 原(博) 岡田
    後輩:金子 井草 兵藤 佐藤(周) 小宮山 太田  学生:大矢
 4.中締め  前神


【会場写真】 撮影:竹中、金子、井草(撮影;XXなしは撮影;金子)
画像をクリックすると大きく表示されます。
献杯の後の挨拶:本間(撮影:竹中)
手前:左から岡田、藤原、佐藤(之)
 手前:中老・若手組  奥:長老組 
手前:中老・若手組  
奥:学生組
小野    佐藤(之) 池知
手前:中老・若手組 奥:学生組  学生組
中締め後(撮影:井草)
手前から中村(雅)、本間、小島、小野、川名
中締め後(撮影;竹中)
 佐藤(之)と女子部員



【参列者のコメント】 2月11日のHUHACメールより転載

●竹中 彰(昭和39年卒)
 藤原さん
 昨日の宮武さんお別れの会では色々と準備、手配頂き感謝申し上げます。
 夫々の友人から心のこもったお別れの言葉に彼の人柄が大変よく表現され、聞きながら改めて惜しい人材を失ったことを強く感じていました。
 献杯の席でも、会場の都合上聞き取りにくいところはありましたが、学生さん含めて皆さん交々語って頂き、良い会だったと思いました。
時間の関係で学生さんとのお話は余りできませんでしたが、意欲的なメンバーの存在に心強く感じました。
 また、会場で佐藤之さんに会えたのも嬉しい驚きでした、それもこれも宮武さんのお引き合わせと感謝しております。
 今後とも宜しくお願い致します。
 なお、スナップを添付します。

●原 博貞(昭和41年卒)
 藤原さん
 お陰様で 宮武君のお別れ会に参加することができ、深く感謝しています。
 弔辞を述べられた方々、それぞれ心の籠ったスピ−チで感動しました。特に小島会長の声涙共に下るお言葉には不覚の涙をこぼしてしまいました。
 又、小中高、会社の方々のスピ−チも訥々とした中に思いがこめられ胸を打たれました。

 かくも大勢の人達に惜しまれて去って行った宮武君、君こそ「偉大なる平凡」という言葉が相応しい男でした。決して才走った言葉は吐かず、誠心誠意、果たすべき事を果たす、それが皆に信頼の念を持たせ、頼りになる存在にしていたのでしょう。
 本当に良いお別れ会で私にとってある時が終わったという感を持たせてくれました。
 その後の2次会では学生さん達の中に入り、宮武君との最後のワ−クとなった「山岳部と針葉樹会のより深い関係の構築」の為、話合いをしようとトライしましたが残念ながら、その場ではなく、ただ名前と顔を覚える努力をするに止まりました。 (後略)

●金子 晴彦(昭和46年卒)
 中村様
 山讃譜を歌いながら喉が震えました。歌が、そして共に山に登った思い出がこれほどの情感を誘うものかと驚きました。(後略)

●佐藤 周一(昭和54年卒)
 藤原様 皆様
 昨日は大変お世話になりました。
 「お別れ会」では、幼馴染みの方々より送られた言葉から宮武さんの人柄が偲ばれましたし、献杯の席では大勢のOBと学生の集いを実現させた氏の人徳を実感いたしました。良い会だったと思います。
 欲を云えば、奥様はじめご家族皆様と少々お話が出来れば良かったのですが・・・。また機会があることでしょう。
 会計面も帳尻を合わせていただき、ありがとうございました。
 取り急ぎ、お礼までといたします。

●坂本 遼(山岳部4年:主将) 
 藤原様 皆様
 昨日は宮武さんのお別れ会に参加させていただき、ありがとうございました。学生部員の中でも宮武さんとしっかりお別れをしたいという声があり、それが実現できた大変有意義な会でありました。
 宮武さんのご恩に報いるためにも、針葉樹会と山岳部のより良い関係性を模索していきたいと考えております。今後とも山岳部をよろしくお願い申し上げます。

 原様
 昨日は献杯の席でご一緒くださり、ありがとうございました。名前と顔を覚えようとしてくだされていたのが、大変嬉しかったです。
 山岳部は4月から新年度をスタート致します。まずは新入部員の確保に奮闘致しますので、5月あたりまではゆっくりと時間をとるのが困難かと思われます。
 今後も三月会などに部員が複数参加させていただく予定ですので、ご都合が合いましたら是非またお話できればと思います。

[藤原朋信]坂本さんへ返信
 坂本さん 昨日は、心のこもった惜別の言葉有難うございました。
 寒い寒いと言っても、すぐに春が来て、新年度入りですね。
 貴君にかかる負担も大きいかと思いますが、それ以上に
 得られるものが大きいと信じています。頑張ってください。


会   報


■2017年11月25日 2017月見の宴の報告  内海(一橋山岳部主将:法学部4年)
             ****** 2017年12月18日投稿

●参加者
OB・OG 11名 (敬称略)
 小島和人(昭40)、佐藤力(昭40)、宮武幸久(昭45)、前神直樹(昭51)、佐藤周一(昭54)、岡部寛史(昭55)、中西茂(昭56)、
 太田貴之(平28)、高橋直道(平28)、大谷彩子(平29)、西山祥紀(平29)

学生 19名
 4年(5名)
  内海(法)、大矢(法)、曲(社)、水洞(法)、羽二生(経)
 3年(3名)
  安藤(法)、小久保(法)、坂本(法)
 2年(6名)
  井山(経)、田中(商)、福家(法)、松澤(商)、松橋(法)、吉田(法)
 1年(5名)
  阿部(商)、川原(社)、佐々木(社)、宮川(社)、三宅(法)

 今年の一橋祭では、焼き餃子を出店した。4学期制への移行に伴って天下市との同時開催がなくなり、来場者が減った印象を受けた。しかし、売上は昨年を越えることができた。一橋祭への出店は、山以外で部員同士の親睦を深めるいい機会だと思うので、今後も継続してもらいたい。
 月見の宴は例年通り、一橋祭2日目の夜に実施した。今年は参加者が合計30名と、ここ最近では最大規模の会となった。OB・OGの方々は幅広い年代の皆様にご参加いただき、現役部員にとって貴重な交流の場となった。特に、下級生には今まであまりOB・OGの方々と接点をもたない部員もいたので、とても有意義な時間になったと思う。また、最近は若手のOB・OGの人数も増えてきており、月見の宴などでお会いできるととても嬉しい。山岳部の強みである縦のつながりを途絶えさせないために、私も来年以降は現役部員との交流を大切にしていきたいと感じた。

●2017年11月26日 御礼:月見の宴  小島 和人(会長:昭和40年卒)
      ****** 2017年11月26日 HUHACメールより転載

 内海さん
昨夜は楽しい月見の宴有難うございました。
学生・OB・OG共に出席者が多く大変楽しい会になりました。

 内海さんのリーダーシップが良くて、
@学生さんは1年生から目標の山が出たり、3年の新リーダー層の自覚が頼もしくて、1年生から北鎌尾根が目標に上がったのには嬉しかったですね。内海さんが作り上げた体制が受け継がれて、厳しいトレーニングを積んで、沢山山に行けば、3年後の北鎌も可能と思います。卒業まで新リーダー層とよく話し合って繋げてください。
AOBの方も常連の佐藤(力)宮武、前神、佐藤(周)さんに加えて岡部、中西の中堅に若手の高橋・大田・西山・大谷さんが参加してくれて大勢になりました。内海さんのご努力のお蔭です。と言う事で素敵な月見の円でした。有難うございました。




会   報


■2017年10月6日 中村保会員(昭和33年卒)が生涯スポーツ功労者表彰を受賞されました。
          ****** 2017年10月8日投稿

 2017年10月6日、中村 保会員におかれては、文部科学省スポーツ庁所管の『生涯スポーツ功労者表彰』を受賞されました。
 日本山岳・スポーツクライミング協会(JMSCA)の推薦によるもの。
 中村氏の、永年にわたる「Japanese Alpine News」(英文)による日本の山岳界の動向の海外向け発信や、これまた息の長い、
 「チベットの東」への冒険行と豊富な地図や素晴らしい写真を載せた報告書、が評価されたものです。(文責 岡田 健志)

●2017年10月7日 29年度生涯スポーツ功労者表彰  中村 保(昭和33年卒)
        ****** 2017年10月7日HUHACメールから転載

 日本山岳・スポーツクライミング協会(JMSCA)
 八木原会長・尾形専務理事・小野寺常務理事殿
 昨日の午後、文部科学省において開催された「平成29年度生涯スポーツ功労者及び生涯スポーツ優良団体」表彰式に出席しました。(写真を添付)
 文科省のスポーツ行政の一端をうかがわせる行事でした。表彰された「生涯スポーツ功労者、は156人、「生涯スポーツ優良団体」は116、全国津々浦々の功労者、団体が対象です。選択の仕組・基準は分かりませんが、「生涯スポーツ功労者」156人のうち推薦団体が明記されているのは日本体育協会推薦が13名、日本レクリエーション協会推薦が6名でした。中村の場合はJMSCA経由日本体育協会の推薦によります。有難うございます。 
 表彰された個人、団体の所属は多岐に亘りますが、山岳関係は小生と宮城県山岳連盟の方の二人でした。 
 式次第は文科省関係の紹介に始まり、国歌斉唱、表彰状授与(代表に)、林文科相大臣挨拶(鈴木スポーツ庁長官も参列)、泉日体協副会長来賓挨拶、受彰者代表(1976年モントリオール・オリンピック、バレーボール金メダリスト)挨拶、記念撮影の盛りだくさんな行程を僅か一時間半(14:15−15:45)で終えました。実に効率的で手際のよい進行でした。受彰者に林大臣の表彰状と記念品として「銀杯」(直径10.5cm 写真添付)に付与されました。
 今回の栄誉はJMACSAのご配慮のお陰です。 改めて深謝いたします。

(追記)
 表彰を受けた全国各地の団体と個人の帰属団体のスポーツは多岐に亘ります。以下列挙します。スポーツ庁がカバーする範囲は広いです。因みに来年度から日本体育協会は「日本スポーツ協会」と名称を改める由です。
 体操、ボーリング、野球、銃剣道、パスケットボール、サッカー、山岳、フェンシング、サッカー、バレーボール、ホッケー、ソフトボール、フォークダンス、水泳、アイスホッケー、ハンドボール、スキー、エアロビック、スポーツチャンバラ、ゲートボール、レスリング、ソフトテニス、相撲、陸上競技、バドミントン、アーチュリ―、柔道、空手、軟式野球、テニス、ウオークラリー、セーリング、ミニバレー、綱引、ゴルフ、ママさんバレー、ライフル射撃、障害者タンデムサイクリング、各地の少年スポーツクラブ、障害者スポーツ団体


『表彰式』


『銀杯』


【会員の祝辞】発信順


●Re: 平成29年度生涯スポーツ功労者表彰  上原 利夫(昭和33年卒)
         ****** 2017年9月14日のHUHACメールより転載

中村保様
 生涯スポーツ功労者表彰おめでとうございます。
 なかなか波が収まりませんね。立派です。

●Re: 平成29年度生涯スポーツ功労者表彰  竹中 彰(昭和39年卒)
         ****** 2017年9月14日のHUHACメールより転載

中村 保 様
 ご無沙汰しています。この度の生涯スポーツ功労者表彰決定おめでとうございます。
 国際的にも数々の栄誉を受けられ、国内でもJAC関連や梅棹賞などなど東チベットへの踏査行などは本当に生涯をかけた誇るべきライフワークですね。
 秋には四川での講演やソウル訪問など相変わらずお忙しいですね。
 ご自愛のうえ御活躍をお祈りいたします。

●Re: 平成29年度生涯スポーツ功労者表彰  石和田 四郎(昭和31年卒)
         ****** 2017年9月14日のHUHACメールより転載

中村 保岳兄:「生涯スポーツ功労者表彰」 う〜ん奥が深い、広い!心から祝意を表します。
 スポーツとは飛んだり、跳ねたりだけじゃないんだ、しかも「生涯」と言うのが何ともいいね。誇りだし、仰ぎ見るサミットですよ。
 益々多忙の様子、くれぐれもご自愛を。

【中村会員の返信】
石和田 大兄
 いつも励みになるメッセージ嬉しいです。 有難うございます。 ただ、いささか戦線を広げ過ぎたかと自省の気持ちもあります。
 気候の変わり目、くれぐれもご自愛下さい。

●Re: 平成29年度生涯スポーツ功労者表彰  岡田 健志(昭和42年卒:総務幹事)
          ****** 2017年9月14日のHUHACメールより転載

<中村 保 様>
 平成29年度生涯スポーツ功労者表彰の決定、まことにおめでとう存じます。
 沢山の表彰を受けられ、これまでのご苦労が報われて本当に良かったですね。
 針葉樹会としても、これを大いに誇りとし、ホームページや針葉樹会報に記事掲載をしたいと思います。
 よろしくご承認いただきますように、お願いいたします。

【中村会員の返信】
岡田さん
 メール有難うございます。関連情報はご自由にお使い下さい。
 どうも戦線を広げ過ぎたと多少自省の念もあります。宜しくお願いします。

●Re: 平成29年度生涯スポーツ功労者表彰  小島 和人(昭和40年卒:針葉樹会会長)
          ****** 2017年9月14日のHUHACメールより転載

中村保様
 生涯スポーツ功労者表彰おめでとうございます。
 中村さんの活動は正に生涯スポーツの実践であり、その功績がスポーツという広い世界で認められた事になり、針葉樹会の一員として、大変うれしく誇らしく思います。
 今後ますますのご活躍を期待いたしております。

【中村会員の返信】
小島さん
 メール有難うございます。 
 10月12−15日に四川大学主宰のMountaineering & Outdoor Sports Conference (成都・四姑娘山)で招待講演です。後、短期間四川の山の探査をします。 
 11月上旬に韓国ソウルで開催される「アジア黄金のピッケル賞」の行事に出席します。昨年は小生が [Life-time Achievements Award]をもらいましたが、今年はHimalayan ClubのHimalayan Journal名誉編集長Harish Kapadiaさんが小生の推薦で受賞します。併せて韓国のKorean Mountain Book Clubの名誉会員にKapadiaさん共々ノミネートされます(メスナ―などが既に名誉会員)。戦線拡大過ぎの自省もありますが、マイペースで進むしかありません。 
 倉知さんの労作『チベットーーー史劇』を各方面に献本した結果の反応は勉強になりました。 この本はチベットの命運と国家の安全保障が両輪です。 熱心な読後感が多々届きましたが、チベットに縁のある登山家やチベット文化に関わっている方々の無関心さは予想外でむしろ驚きました。 余談ですがーーーー。

会   報


■2017年6月8〜9日 12回目の三四郎会が谷川岳周辺で開催されました。

   参加者:蛭川、本間、小島、小野、坂井、佐藤(力)、半場、池知、佐藤(久)、原、岡田、吉沢、宮武(初参加)
   宿 泊 :水上館(水上駅から線路沿沼田方面へ徒歩15分(バス送迎有り)
         夕方までに参集し、総会&宴会
         9日は5組に分かれて谷川岳周辺を楽しむ
           1)厳剛新道:本間、佐藤(力)
           2)天神山から熊穴沢避難小屋:小島、小野、半場、坂井
           3)土合橋から旧道に入り、一ノ倉沢、幽ノ沢の出合いまで:池知、佐藤(久)、原
           4)白毛門:岡田
           5)谷川岳(トマノ耳):宮武
   幹 事 :小島(名目)、原(実質)


6月8日  20:10(撮影:岡田)  水上館にて記念写真
(後列左から)岡田、吉沢、池知、原
 (中列左から)宮武、佐藤(久)
(前列左から)小野、佐藤(力)、小島、本間、蛭川、半場、坂井




6月9日  6:11(撮影:岡田)  水上館の展望階から
(トマノ耳(右端)からオジカ沢ノ頭に続く稜線)




6月9日  11:40(撮影:岡田)
白毛門・松ノ木沢ノの頭から(一ノ倉沢、幽ノ沢)



●御礼:平成29年6月三四郎会(報告)  小島 和人(昭和40年卒)
          ****** 2017年6月10日HUHACメールより転載

 谷川の三四郎会にご出席の皆様  ご苦労様でした。
 特に幹事の原さんご苦労様でした。完璧なアレンジ有難う御座いました。
 今回の宿、部屋もきれいで広々、湯も各種揃い皆で歓談を楽しめたのは良かったですね。夕食の内容が寂しかったですが健康には良かったと思います。
 翌日も幹事さんの陰で晴れ渡りそれぞれのパーティー愉しめたと思います。原さんに心から御礼申し上げます。本格登山の岡田さん、宮武さんからは無事登頂報告が来ていますし、厳剛新道の本間さん、佐藤力さんも大人の散歩で済んだようですし、嫌がる坂井さんを天神山から熊穴沢避難小屋に引き上げた小野・半場・小島も十分に懇親を果たし帰りました。原さん久さん池知さんは心配ないので十分新緑と戯れたことでしょう。
 所要で朝早く帰られた蛭川さん、吉沢さんご苦労様でした。
 と言う事で皆さん十分楽しんだと思います。高崎俊平さんがいないのが寂しい限りでしたが。。。
 
 皆様
 来年の三四郎会は函館です。蛭川さん・小野さんが幹事役を引き受けてくれました。
 今年参加できなかった皆さんも是非ご参加ください。

●Re:御礼:平成29年6月三四郎会(報告)  宮武 幸久(昭和45年卒)
          ****** 2017年6月10日、11日HUHACメールより転載

 原さん 皆さん 何とかトマノ耳登頂を果たし無事に帰宅しました。たいへんおせわになりました。

●Re:御礼:平成29年6月三四郎会(報告)  原 博貞(昭和41年卒)
          ****** 2017年6月10日、11日HUHACメールより転載

 皆さん、それぞれに大晴天の谷川を楽しまれたようで何よりでした。 一番、楽なコ−スを選択しましたが、思わぬ体験がありました。意外な 勉強をさせて貰いましたので是非皆様にも共有して頂きたく。
 水上駅からロ−プウエイ行きのバスに乗る際、運転手さんに「土合駅のちょいと先で蓬峠に行く林道に入りたいので入口で下して」と頼みました。運ちゃんは「そうか。新道に入るのね。土合橋で降りて」と言いました。「新道?あれは古道だと思うけど」と思いつつ本間さん力さん、池知と私は湯檜曽川沿いの道に入りました。春蝉がやかましく鳴くなかで河鹿の澄んだ声が奥床しくいい気持ちで歩きました。
 マチガ沢から上の林道にふうふう言いながら登りますと看板があり「旧道マチガ沢出会い」とあります。「旧道?」 舗装されているから新道だろう、と言い合いました。そこで力さんは帰りました。3人は一ノ倉沢の出会いへとブラブラ歩き。すると超大きなベッドに車輪と4本の柱、屋根を付けた乗り物が、滑るようにやって来ます。
 中には運転手と女性が1名乗っており、その女性がニッコリ笑い手を振るのです。「なんじゃ、これ?」とハテナマ−クが続く中、一ノ倉に到着、かっての出会いの避難小屋は立派なコンクリ−トの超でかいトイレに変わっていました。久ちゃんはロ-プウエイの乗り場からこちらにむかっているので、もうとうについていると思ったが不在、(幽の沢に行っていました)暫く一ノ倉を眺め、本間さん達は弁当を食べるというので、私は先に行ってロ−プウエイ駅でラ−メンを食っている、と言って、先程のトイレに行くと前にあの謎のベッド車が駐車していました。
 よく見ると「ロ−プウエイ駅-一ノ倉沢間運行電動バス」とあります。居合わせた運ちゃんに聞くと3年前に運航開始、ガイド付きで5百円だとの事。喜んで本間さん達を誘い、乗り込みました。いやあ、楽ちん楽ちん。女性のガイドさんの藩士をたのしみながらゆるゆるとドライブを楽しみました。そこで得た新智識です。

(旧道・新道の名前の由来)
 明治10何年に蓬峠を越えて関東と新潟を繋ぐ国道の建設が始まった。いまも道の横に残る石垣がその名残だと。数年かかって工事は完了し馬車がとおる事となり、開通に際しては宮様が馬車で通過したんだと。しかしながら、地形的に無理があり、峠の手前で大崩壊があり、普通になってしまった、そこで国道から県道に格下げとなってしまった。それで旧国道、その国を略して旧道と呼ぶことになったと。(今は又、国道291号として復活したが群馬側は一ノ倉沢出会いで終了している。新潟側は巻機山の登山口である清水の部落の少し峠寄りで291号は終わっており県境はブランクのまま。ここで又ちっと謎が残る)
 では何故、川沿いの道は新道と呼ばれるか? 旧道が壊れた後、清水峠を越える新しい道が整備され、(これが川沿いの道)清水越え新道、略して新道となったと。元来川沿いの道は古くからあり、有名なところでは上杉謙信の関東北条攻めの際、本隊は三国峠を通ったが支隊はこちらを通ったそうです。先程の謎にも繋がるんですが、昔の道は清水峠を通らず蓬峠から土樽に出たものと思われます。一方、旧国道は蓬峠から土樽へは行かず、清水峠から真直ぐ下り清水の部落へむかったのでは?というのが私の推察です。
 てな事をガイドのオネエサンとしゃべりつつ、ロ−プウエイ駅に着きました。

本間さん
 駅の観光ビデオで岩登りをしている画面があり「これはどこだ?」と聞かれましたね。「知らない」と言いましたが帰宅後、酒で腐ったこの頭に記憶がポッカリ浮き上がりました。あれは烏帽子奥壁の変形チムニーです。日産にいた時大賀さんに一ノ倉につれていってくれ、と頼まれました。当時大賀さんは鶴見の電車事故での大怪我の後で、岩登りもブランクとなっており、依頼されたのだと思います。それで烏帽子奥壁を登り、帰りは稜線まで行くのは面倒なので南稜を下りました。大賀さんはすごく喜びました。少年のような無邪気な喜び方が思い浮かびました。

●Re:御礼:平成29年6月三四郎会(報告)  小島 和人(昭和40年卒)
          ****** 2017年6月11日HUHACメールより転載
原さん
 面白い話を有難うございました。
 お話にある不思議な乗り物は、天神平から下りて帰る時にロープウェイの乗り場で見ました。
 面白い乗り物だと思いましたが我々の仲間は歩きに行ったので乗っていないだろうと思っていました。

●Re:御礼:平成29年6月三四郎会(報告)  吉沢 正(昭和42年卒)
          ****** 2017年6月11日HUHACメールより転載

三四郎会の皆さん
 原さんには隅々まで心の行き届いたアレンジありがとうございました。
 風呂も抜群だし、部屋も素晴らしいし、結構なもてなし振りでした。
 久々に三四郎会の皆さまと楽しい一時を過ごすことができ、感謝感激です。
 翌朝は早々に帰宅した直後から孫のお相手で、既に疲労困ぱい状況です。
 今後も宜しくお願いします。


会   報


■2017年5月20〜21日 報告:今年度夜叉神・高谷山・かんば平作業    小島 和人(昭和40年卒)

          ****** 2017年5月23日HUHACメールより転載

 この週末芦安にお出かけの皆様ご苦労様でした。
 皆さんのご努力で今年も芦安の皆様に喜んで頂けたと思います。怪我人もなく終了出来て何よりでした。途中電車を乗り過ごした町田さん残念でした。
 今年は今までになく丸太や番線を担ぎ上げることなく、今まで我々が協力して補修してきた山道の延長を展望した活動になりました。概略振り返ります。
(敬称略)

●20日(土)
 8時9分甲府に電車で、佐薙・上原・本間・岡田・小島が到着。車で来た宮武・前神・佐藤(周)と合流。芦安山岳館で車で来た糟谷さん一家と合流。芦安ファンクラブ6名、富士通アイネット7名と合流。
 9時45分に本体はトンネル東口発,2012年以来修復してきた山道を確認しながら檜尾峠経由かんば平展望台へ。11時30分〜12時10分展望台で残雪の多い白根三山から甲斐駒までの大パノラマを楽しみながら昼食。
 午後は、その先かんば平・団子沢山・ヤロク沢の頭までの尾根道を整備。
 佐薙さんは本体に同行。上原・本間の両氏もかんば平まで踏み固めに登る。檜尾峠から中池の間の道が脆弱との声上がり、今後の課題である。16時30分トンネル東口に帰り作業終了。本日帰る前神・糟谷両氏を送った後チェッカーフラッグ川崎に7名宿泊。


5月20日 11:35(撮影:岡田)
かんば平展望台からの白峰三山
(右から北岳、間ノ岳、農鳥岳、農鳥岳の手前は大唐松山)



5月20日 12:11(撮影:岡田) かんば平展望台にて
(後列左から4番目:宮武、右端:佐藤)
 (中列左から糟谷、佐薙)
 (前列左から2番目:前神、3番目:小島)




●21日(日)
 8時に芦安山岳館に佐薙・上原・本間・岡田・宮武・佐藤(周)・小島がファンクラブ5名富士通3名と合流。佐薙・本間は高谷山⇒檜尾峠⇒大骨山⇒芦安の我々が補修した尾根道の確認に夜叉神に向かう。上原さんは帰京。
 岡田・宮武・佐藤(周)・小島はファンクラブ・富士通の仲間と桃の木鉱泉脇を通って車で林道を約15分遡り、それから約1時間河原を遡行、9時ドノコヤ峠登山口から峠を目指す。途中の道もかすかな踏み跡をたどる悪路であったが,1500mを越えてから山道の崩落でドノコヤ峠には到達できず、峠より高谷山よりに、道なき急斜面を直登し、清水氏が「鉄索の頭」と名付けた1683mのピークに辿り着いた時は12時20分。昼食をとって昨日の作業の団子沢山方面を眺めて確認し、下山にかかる。下山も道なき急斜面を下り難儀して2時間で登山口に帰った。河原を歩き午後3時過ぎ、止めてあった車に辿りついた時は全員疲労困憊であった。本日のルート探索は、櫛形山⇒高谷山⇒夜叉神の「南アルプスフロントトレイル」との繋ぎを目指したものだが前途は多難である。
 一方、佐薙・本間の両氏もかなりのアルバイトとなって、@高谷山からの下りはじめの伐採木材の積み重ね、A稜線から山の神に分岐する地点の標識の欠如で苦労された。
 今後の作業については芦安側との目標の摺合せが必要の認識を持って帰京しました。



5月21日 13:01(撮影:岡田)鉄索の頭にて
(後列右端:岡田)
(中列左から小島、佐藤)
(前列左端:宮武)

■Re:報告:今年度夜叉神・高谷山・かんば平作業5月20日(土)21日(日)  佐藤 周一(昭和54年卒)
        ****** 2017年5月23日&28日HUHACメールより編集

小島会長 皆様
 おはようございます。昭54卒の佐藤周です。
 今回の芦安地区登山道整備では、いろいろとお世話になりました。
 良すぎる位の好天に恵まれ、意義ある内容だったと思う一方、小島さんも指摘されている問題点や課題が山積…というのが、初参加者でも感じた次第。
 登山道整備は、2年ほど前の大分勤務時代に 久住山の南側登山道(高速道路出来る以前はメインルート)の補修作業をお手伝いした程度の経験しかなく、多くを語る資格はありませんが、その時は地元自治体が林野庁や環境省を巻き込み、潤沢な予算と人員体制の下、システマチックな作業となっていました。
 それに比べると(比較してはダメかも…)今回は極めて原始的というか、素人的というか、種々の点で改善余地ある取組と感じた次第。
細かな論評は、あらためていたしますが、少なくとも大学山岳部の学生たちに勧められる内容ではないし、今回の対象ルートに関して云えば、彼等の力量では極めて困難なバリエーションに相当します。
 また来年以降に関しては、この時期の週末実施が前提となると、零細自営業者としては稼ぎ時でもあり、申し訳ありませんが、参加は控えさせていただきます。
 針葉樹会内部で、本プロジェクトの方向性を含め、今後の関与方針を議論いただきたく、お願い申し上げます。

【 補足 】

 小島会長がコメントされている通り、当該事業の目的の一つは「南アルプスフロント前山)トレイル」とのジョイントですが、長大な距離とエリアである一方、一部の尾根筋を除くと、対象ルートの大半は廃道か微かな踏み跡程度しか残っていない状態です。従って、登山道整備と云っても、既存道の定期補修レベルと異なり、実質的には新道開拓に匹敵する大事業と云えるのではないでしょうか。
 その前提で考えれば、今回のような10数人レ ベルのボランティア作業で間に合うはずはなく、相当の資材・マンパワーの投入が必要になります。
 従って、順番としてはまず、会長コメントの通り「芦安側の目標確認」が最優先事項であり、その上で、地元側が針葉樹会側へ何を期待するのか、針葉樹会として地元に何を提供できるのかを「摺り合わせる」必要があります。
 当会として、戦前から馴染みのある地区だけに、高齢OBも含め地元支援に協力を惜しまない姿勢は大事なことだとは思います。しかし現実問題として、若手レベルのマンパワーが実需として求められるのであれば、以前実施されていたワンゲル等の他組織マンパワー活用も視野に入れ た「オール一橋」体制を組むことの方が地元にとって望ましいことになるのではありませんか。
 しかし、それも今回のようなバリエーションルート開拓に近い作業内容では、学生に勧められるものではなく、経験豊富で体力も有る40代前後の若手OBの確保が必要となります。そうなると、万一の場合を想定した保険対応も、それなりの内容を伴う必要が出てくるなど、課題は大きく膨らんできます。


会   報



■2016年11月5日 2016月見の宴の報告  上 茂衡(一橋山岳部:法学部4年)

          ****** 2016年11月14日投稿
●参加者
* OB 7名(敬称略) 中村雅明(昭43)、宮武幸久(昭45)、前神直樹(昭51)、松田重明(昭53)、佐藤周一(昭54)、
高橋直道(平28)、太田貴之(平28)
学生20名 5年(1人)西山祥紀(経)
4年(3人)辰川貴大(法)、上茂衡(法)、大谷彩子(商)
3年(5人)大矢和樹(法)、内海拓人(法)、水洞章夫(法)、羽二生祥(経)曲文?(社)
2年(4人)坂本遼(法)、安藤由都(法)、小久保剣(法)、工藤京平(経)
1年(7人)吉田和磨(法)、松橋凜太郎(法)、岩崎拓実(法)、福家一裕(法)、松澤萌(商)、
       田中亨(商)、鈴木由佳理(社)

 今年の一橋祭では輪投げを出店した。当初は昨年と同じくイカ焼きを出店する予定だった。しかし、食品を扱えなくなったため、輪投げに変更になった。食品以外での出店は初めてであったが、小さい子供を中心に予想以上に賑わった。後輩たちは場を盛り上げ、宣伝活動も積極的に行い、よく頑張っていた。利益も3万円弱でたので大切に使っていきたい。
 一橋祭2日目の11月5日、17時に部室に集合し、小樽食堂へ移動、宴会を行った。今年も多くの現役部員及びOBの方々が参加し、非常に有意義な会であった。特に1年生にとって、OBの方々との交流を通じて、かつての一橋山岳部がどのような部であったかを知ることは非常に勉強になったであろう。ただ、大きな会場の予約が取れず部屋が分かれてしまったことは大きな反省点である。次期部長は私よりずっとしっかりしているので、来年は大きな座敷で開催されるだろう。また、今年卒業された高橋さん、太田さんに参加していただけたことは非常に嬉しかった。私も来年の3月で卒業するが、こういった場には積極的に参加していきたいと思う。部員はこれからもこのような機会を大切にしていってほしい。



会   報


■2016年11月4日 中村保さん(昭和33年卒)がソウルでアジア黄金のピッケル賞を受賞しました。

●[HUHAC-GroupMail :2101] Piolets d'Or Asia Award & Autumn 2016 Plan  中村 保(昭和33年卒)
      ******2016年11月5日のHUHACメールから抜粋

 第11回アジア黄金のピッケル賞(授賞式は11月4日)について簡単に報告します。 
 今回は山と渓谷社の萩原浩司さんが審査委員長を務めました。 メインイベントのアジア黄金のピッケル賞(Piolets d'Or Asia)の他に第9回Golden Climbing Award (ice climbing, free climbing, artificial climbing)と第16回Mountain Awardの授賞が行われました。スポンサーの山岳誌「人と山(Man and Mountains)」の創立27年も祝われました。 多彩なプログラムで韓国登山界の一大行事です。 約250名が出席しました。 詳しいことは省略して、アジア黄金のピッケル賞の受賞者のみを下記します。

2016 Piolets d'Or Asia Lifetime Achievements 中村 保
2016 Piolets d'Or New route on Gangapurna 7455m South Face 韓国隊(Chang-Ho, Kim他2名)
2026 Piolets d'Or 黒部ゴールデン・ピラー[剣岳] 日本隊(伊藤、佐藤、宮城)
Chang-Ho, Kimは韓国最強のクライマーで、8,000m14座を全て無酸素で登頂。因みに14座を完登した韓国のクライマーは6人(うち1人は女性)。

左からKorean Alpine Federation (KAF)会長・韓国登山界の大御所、中村、Chang-Ho, Kim,
Christin PaeKAF理事・UAAA事務局長


 右端は山渓・萩原浩司さん、左隣が山渓副社長・川崎深雪さん


●[HUHAC-GroupMail :2041] ご案内  竹中 彰(昭和33年卒)
      ******2016年10月11日のHUHACメールから転載

 中村 保様
 ピオレドール・アジア受賞おめでとうございます。
 これまでの「ヒマラヤの東踏査発信」と集大成としての「地図帳刊行」が高く評価された結果と思います。
 その後の、南チベット踏査、UAAA総会講演含めて3週間に及ぶ旅の平安をお祈りいたします。


会   報



■2016年9月30日 JAC2016年報『山岳』111号に中村保さんが自著を語る記事が掲載されました。
●2016年9月30日 JAC2016年報『山岳』111号にT中さんが自著について語っておられます
  竹中 彰(昭和39年卒)
         ****** 2016年9月30日のHUHACメールから転載

各位
 39年卒の竹中です。先日届いた日本山岳会の年報「山岳」に中村さんが「自著『ヒマラヤの東山岳地図帳』を語る」として寄稿しておられます。
 一橋山岳部でスタートし、先鋭登山に打ち込み、ペルーアンデス遠征、IHI入社後中南米、アジアでプロジェクトに邁進、香港駐在が現在のライフワークの出発点になったこと、海外人脈、バスクメダル受賞等その半生の略歴が語られています。
 その他の内容では、早大OBの成川さんの手になる「山の日」制定運動の総括、江本さんによる「日本人の山・マナスル」再考、同志社大、神戸大等の遠征記録、等があります。
 なお、巻頭には新聞にも紹介されていましたが、皇太子殿下が「歴史と信仰の山を訪ねて」を寄稿しています。

●2016年10月1日 JAC『山岳2016』自著を語る  中村 保(昭和33年卒)
         ****** 2016年10月1日のHUHACメールから転載

 竹中彰さんがグループメールで紹介して下さった、日本山岳会年報『山岳 2016』に掲載された拙書『ヒマラヤの東山岳地図帳』についての「自著を語る」の原稿のpdfを添付します。

 ※ここをクリックすると『ヒマラヤの東山岳地図帳』についての「自著を語る」の原稿pdfをダウンロード出来ます。


●2016年3月12日 ヒマラヤの東山岳地図帳  中村 保(昭和33年卒)
         ****** 2016年3月12日のHUHACメールから転載

 「山と渓谷」4月号の巻頭に[ヒマラヤの東山岳地図帳」が載りました。 pdfを添付します。

  ※ここをクリックすると『山と渓谷』2016.4月号の記事pdfをダウンロード出来ます。

会   報



■2016年9月29日 HUHACグループメール・メンバーへAAE−News第2号が自動配信され、
                   Asian Alpine E-NewsのHPへのリンクボタンが当HPに設置されました。


               AAE−News=Asian Alpine E-News=アジアン・アルパイン・Eニュース
【配信された内容】
Dear Friends,
This is to inform that the Asian Alpine Associates herewith deliver Issue No.2 of the Asian Alpine E-News in September 2016. Subsequent Issue No.3 will hopefully appear in the early spring of 2017.
The Asian Alpine E-News is complied being based on the Asian mountaineering community. Information sources, however, are not limited to the Asian countries. Pioneering expeditions, notable ascents, valued journeys, field research, and mountain people and culture are to feature variety of the submissions.

 Asian Alpine E-News Issue No.2
 http://asian-alpine-e-news.com/asian_alpine_e-new_2nd_issue.pdf

 Asian Alpine E-News Web Site
 http://asian-alpine-e-news.com/

 If you change address or you don't wish to subscribe:

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 If any, please contact:
 mail@asian-alpine-e-news.com

 Sincerely,
 Tamotsu (Tom) Nakamura
 Asian Alpine Associates
 mail@asian-alpine-e-news.com

【 関連メール集成 】

●2016年7月12日  平成27年度針葉樹会報会 会長挨拶抜粋  竹中 彰(昭和39年卒)
         *******当HP『会務報告』から抜粋

 中村保会員は日本から海外への情報発信として、日本山岳会 100 周年 の2001年から単独で編集されてきた英文誌「Japanese Alpine News」を発刊 して来られましたが、諸般の事情から昨年の 16 号で紙ベースの刊行を停止され、今後は独自の視点からの「Asian Alpine E-News」を発信されることになり、その 第 1 号も海外中心に大きな期待を持って迎えられました。引続き内外の期待に応えて頂くことを願っております。

●2016年7月19日  Re.:HP記事執筆お願い  山崎 孝寿(特別会員)
         *******中村(雅)会員(昭和43年卒)宛てメールより転載
  (編集子より)

* 山崎さんはAsian Alpine E-NewsのHPの開発&管理者です。その開発経緯が以下のメールで判ります。

中村さん
日本山岳会の英文ジャーナルJapanese Alpine News(JAN)を発行していた中村保さんがこれにかわり(JANは、Vol6 2015号をもって最終)、新しく紙媒体でないコストのあまりかからない形でアジアに軸足を置いたニュースレターを発行したいのでという相談だったと思います。まずは基幹となるHPを開設し、ここからメールマガジンのようなAsian Alpine E-Newsを発行するという提案を行いました。
全て英文を基調とし将来は中国語にも対応したいということでグーグルの自動翻訳機能を活用しマルチ言語のHPを5月に開設しております。
 http://asian-alpine-e-news.com/

中村さんの人脈を対象に現在720人を配信対象としております。(注・9月末現在約800件)
Asian Alpine E-Newsの第2号が年末の配信にむけ現在原稿作成がすすめられている段階です。
中村保さんは海外の他のジャーナルとは「地図」で差別化をはかります。としていますので、この配信用原稿づくり・編集が中村保さんの腕の見せ場面となっています。
Asian Alpine E-NewsのメールマガジンならびにHPは中村保さんの書籍と並ぶデジタル空間での集大成として私の方はデジタル空間(HPの設定や配信手法)で尽力できればと思っています。配信そのものは一般的なメールマガジンの配信の手法ですが、配信リストの作成と管理(ワード原稿からエクセル原稿へリストの作成し直し、これらを自動化するための演算件数が結構ありましたので追加が出てきた場合、簡単に重複していないかなどのチェックする仕組み等)が私の仕事といえば仕事になるのでしょうか。
 
HUHACの皆さんによりよく理解していただくためにうまくは表現できませんでしたが倉知さん、三森さん、フォロー願えればと思います。

●2016年7月20日  Re.:HP記事執筆お願い  金子 晴彦(昭和46年卒)
         *******中村(雅)会員、山崎特別会員宛てメールより転載

* (編集子より)
  金子さんはHP幹事で、『ヒマラヤの東』コーナーの編集担当です。
中村さん 山ちゃん
経緯報告拝見しました。どうして英文ジャーナルなんだろうと思っていましたが、JANをやめて電子媒体にしたというT中さんの英断に関心しました。それを素晴らしいデザインでHP化し、圧倒的な画像をダイレクトに海外に伝えるようにした山ちゃんの意気込みも伝わって来ます。ご両人の思惑が合致して、日本・アジアの山岳活動報告を一挙に国際化してしまったんですね。ガラパゴス的な日本の山岳会にとっては革命的なことです。山の日設定も相まって、山の日設定記念賞でも御送りしたいくらいのものです。

●2016年8月10日 Asian Alpine E-News「山と渓谷』  中村 保(昭和33年卒)
         ****** 2016年8月1日のHUHACメールから転載

* 今年5月に創刊号を出したAsian Alpine E-News=AAE アジアン・アルパイン・Eニュースにかんするインタビュー記事が「山と渓谷」9月号に載りました。pdfを添付送信します。 AAEは海外700の団体個人に配信しています。国内にも配信しています。

 ※ここをクリックすると『山と渓谷』2016.9月号の記事pdfをダウンロード出来ます。

 

 インタビュー内容
 ○今年新たに「アジアン・アルパイン・Eニュース」としてインターネット型の情報発信を始められました。
 ○アジアン・アルパイン・Eニュースが新たにめざすもの
 ○広く世界から情報を集めるには。
 ○一橋大学山岳部ご出身で、石川島重工業(株)で海外勤務されたご経験が調査や編集に与えた影響は?
 ○これからの世代へひとこと。


『Asian Alpine E-News』創刊号 目次


●2016年10月5日 Asian Alpine E-NewsのHPへのリンクボタン設置相談  山崎 孝寿(特別会員)
         ****** 中村 保会員(昭和33年卒)宛てメールから転載

* 中村さん、おはようございます。
先日、Asian Alpine E-News第2弾をHUHACグループメールに配信しましたが第1弾も含め改めて拝読できるようHUHACのホームページにAsian Alpine E-NewsのHP
 http://asian-alpine-e-news.com/
へのリンクボタンを設置してはいかが?との意見がありました。
具体的にはいまある「中村  保 ヒマラヤの東」の下にAsian Alpine E-Newsへのリンクボタンを設置します。よろしいでしょうか?

(編集子より)
  10月5日に中村保さんから承諾されたので、同日リンクボタンが設定されました。
 
 

会   報



■2016年7月8日 神威岳山麓に大塚武先輩の遭難レリーフを訪ねました。 小島 和人(昭和40年卒)
          ****** 2016年7月11日HUHACメールより転載

針葉樹会員の皆様
 佐藤久尚(昭41年卒)、岡田(昭42年卒)、中村(昭43年卒)、宮武(昭45年卒)の会員
と共に先週6日に日高の幌尻岳に登り、続いて神威岳登山を目指しました。ご存知のように神威岳は大塚武大先輩が1983年9月遭難された山(注1)です。針葉樹会員として一度は訪問すべき山ではないかと札幌在住の小野(昭40年卒)会員から昨年の十勝登山の折りアドバイスされていたものです。
 7日に幌尻から下山し、小野会員の北電山岳部の後輩、手塚氏の車で神威山荘に夕刻入りました。8日好天に恵まれ、午前5時半に神威山荘を出発、ニシュオマナイ川を遡行、何回かの渡渉の1時間40分後、予め得ていた情報の通り、第2二股の右岸に大塚さんのレリーフを見つけることが出来ました。4年前に日本山岳会北海道支部の有志が「レリーフを磨き液で磨き水洗いした。」(注2)とのことでしたが、その通り、こよなく山を愛した大塚先輩の立派なレリーフは綺麗なままでした。レリーフの周りの雑草を取り、線香を手向け、大塚先輩のご冥福を祈りました。
 神威岳登山は、レリーフから更に沢を1時間半遡行、それから30度近い急斜面を800m頂上を目指す、かなり厳しいものでした。出発から山荘に戻るまで12時間半を要しました。その帰り道、大塚先輩のレリーフの前で山讃賦を捧げて、今後とも一橋山岳会を見守って頂くようお願いして帰りました。
 登山を含めた詳細は別途会報(注3)などでお届け致しますが、今年は奇しくも大塚先輩の33回忌の年かと思いますので、まずは立派に残るレリーフの雑草を取り除いた前後の写真(中村雅明会員撮影)を届させて頂きます。 


【大塚武氏遭難レリーフ】
▼画像をクリックすると大きく表示されます
清掃前  清掃後

  (注1)大塚武氏への追悼文が『針葉樹会報』第64号に掲載されています。
   ・弔辞「大塚武氏」  望月達夫
   ・大塚武君のこと 望月達夫
   ・大塚さんを懐う 根本大
   ・大塚さんとの四十六年  山田亮三
   ・ご両氏の連続急逝を悼んで――最近登山同行の印象記  
                      久保孝一郎
  (注2)当HPの『サロン』−『会員消息』に以下の記事が掲載されています。
   「2012年11月13日  『(JAC)北海道支部通信』第87号に「大塚武第5代北海道支部長遭難レリーフを訪ねて」の
                  記事が掲載されました。」
  (注3)『針葉樹会報』第137号 「幌尻岳・神威岳行」宮武幸久 (掲載予定)

会   報


■2016年6月9〜10日 三四郎会の報告  佐藤 久尚(昭和41年卒) 
          ****** 『針葉樹会報第137号』から転載(写真増補)
 
 三四郎会は、坂井溢弘さん(通称、シャンさん)の呼び掛けで、昭38年〜昭41年卒(その後43年卒まで拡大)の現役時代一緒に山に登った、いわば「我ら同時代」とでも言える面々が、2006年3月4日に真鶴の旅館に集まって宴会、翌日、湯河原の幕岩で花見がてらのハイキングを楽しんだのが始りで、今年で11回目となる。因みに、会の名前は、開催日がたまたま3月4日であったことから、語呂合わせで「三四郎会」と名付けられたと記憶している。
 これまで過去10回、なんとか幹事を免れて来たが、遂にお鉢が回って来た。昨年3月、伊豆湯ヶ島温泉で開催された三四郎会の席で次回幹事に指名され、「さて場所を何処にするか。」と考えた時、とっさに頭に浮かんだのが、奥多摩御岳山の宿坊であった。昔、会社の仲間とハイキングに行った際、目に止って興味を引かれていたので、「来年は御岳山の宿坊で清らかな三四郎会を企画します。」と宣言してしまった。しかし、御岳山の宿坊と言っても御岳山の山頂には宿坊が何軒もある。いずれ下見に行く予定でいたところ、運良く6月に中村・藤原短大で、日の出山北尾根から御岳山に登るという山行が計画された。渡りに船とばかりにそれに参加、御岳山で数件の宿坊を回ってパンフレットを集めて候補を絞った。そして昨年11月にその中の1軒に実際に泊まってみたところ、料理、部屋、風呂も特に問題ないことが分かったので、仮予約を入れ会員に案内を出した。宿は、「一の坊・山香荘」と言う300年続いた老舗の宿坊で、作家の浅田次郎氏の母親の実家でもある。

●6月9日(木)雨後曇り
 最終案内の結果14人から参加の返事があり、当日は16時までに宿に三々五々集合とした。宿が御岳山頂にあるので、参加者のうち何人かは、ハイキングがてら登って来る人がいるだろうと予想していたが、この日は生憎、時々、小雨がパラつくという天気であったため、ほとんどの人がケーブルカーを利用して山頂まで来たようであった。それでも、高崎(俊)さんと岡田さんだけは、それぞれ鳩ノ巣駅、つるつる温泉口から歩いて登って来られました。
 18時から宴会。最初に蛭川さんの音頭で乾杯した後、しばし歓談しながら宿坊料理を楽しむ。宿坊料理は、穢れを避けるという意味から牛や豚などの四つ足動物の肉を使わず、山菜を主体としたところが特徴。アルコールが少し回ったところで各自の近況報告に移ったが、どちらかと言うと山よりも健康に関する報告が多かったのは、全員古稀を超えた顔ぶれを考えると宜なるかな。それでも酒量の方はまだまだ健在で、宴会の終わった後も部屋に戻って飲み続ける者もいた。夜遅く迄一部の部屋からはご機嫌な声が廊下の外にまで漏れ響いていた。

6月9日  (21:05) 宿坊山香荘大広間にて

     (後列左から佐藤(久)、原、半場、高崎、小野、中村、小島、吉沢)
     (前列左から池知、本間、蛭川、佐藤(力)、坂井、岡田)


●6月10日(金)薄曇り
 朝食後は流れ解散とした。御岳山から下るコースには幾つかあるが、幹事としては「お勧めのハイキングコース」として、案内書に昭文社の地図のコピーを添付して、「馬頭刈尾根コース」と「つるつる温泉コース」の二つを予め提示しておいた。しかし、他のコースを取っても特に遭難の危険等は有りそうもないので、各自の時間と体力、好みにあわせて自由に下るということにした。その結果、数パーティに分かれてハイキングを楽しみながらお山を下ることになったが(北海道から来られた蛭川さんと小野さんは、所用ありということで、ケーブルで下山された)、4月の大山懇親山行の時の二の舞になるようなことはなく、皆さんそれぞれ早めに無事帰宅されたようである。(入下山の記録は後掲参照)

【6月9日:鳩ノ巣から御岳山へ】  高崎 俊平(昭41年卒)

 幹事の久さんからは、かなり早い時期に開催通知が届いていた。宿泊場所は近くの奥多摩だし、話にも聞いていたので、宿坊の在り処をそれほど気にかけてはいなかった。開催日が近づいて念のためにと、送られて来ていた案内書を読み返した。それまで宿坊「山香荘」の所在地は、御嶽山ケーブルの山麓・滝本駅の手前辺りにあるのだろうと勝手に想像していた。従い、午後早くに家を出れば、集合時間の午後4時までには十分間に合うと思い込んでいた。それでも、同封されていた地図を改めて見てみると、宿坊は何とケーブルの「山頂駅」の上ではないか。時間計画を大幅に変更しなければならない。
 前日になって、明日・明後日の天気予報は余り芳しくない。どうせ雨だから、ケーブルで上がろうかと一時は考えたが、山登りを楽しみとする者として些か安易に過ぎるのではないか?とか思い悩んだ挙句、あの辺りの山道であれば、傘をさしても歩けるだろう、それならば不便なバスを使わず、鉄道の駅から直接歩き始められる鳩ノ巣駅からの登山道を辿ることにした。
 山登りに行くのに八王子駅から、都心に向かう中央線で立川駅に戻るのは、学生時代の感覚からすると違和感があったが、ネットで検索するとこれが最短時間と出てくる。青梅までは順調に来たが、直前に井草さんに聞いていたように、ここから先の青梅線の電車「奥多摩」行きは、この時間帯には1時間に1本位しかなく、30分近く待たされた。11時半、漸く「鳩ノ巣駅」に降り立って、他に乗降客は誰もいない駅舎を後にする。
 青梅街道を横切り、「雲仙橋」を渡って越沢林道に入り、暫くコンクリートの林道を辿ると、「越沢林道改修工事中」「迂回路」の標識が出て来る。「迂回路」の看板がいくつも連続して現れるので、これらの指示に従って歩くことにする。昭文社の地図には、このルート(「裏参道」?)は載っていないようだ。直線的な急登、長いトラバースなどを経てピークに立った。「城山(標高760M)」だろうか。ここからは緩やかな登り下りの稜線をたどると、小さな「小楢峠」と言う鞍部にでる。霧のために全く見晴らしは効かず、登山者にも全く出会うことなく、クマの出現が気になるほど、静かな山道だった。なだらかなアップダウンを繰り返すと「大楢峠」という標識のある、大きなベンチが二つ置いてある峠に出た。奥多摩湖方面からは、軽自動車なら登れそうな立派な登山道が上がってきている。ここで大休止。テルモスの温かいコーヒーとエネルギー補給に最適と言われる「アンパン」で昼食にする。この頃から雨の音が聞こえ始めるが、頭上が樹々に覆われているためだろうか、頭・身体までは届かない。1時間ほど休んで「御岳山」方面への指導標に従って歩き出す。ここからはほぼ水平と思われるトラバース・ルートを、尾根を廻ったり沢筋を横切ったりしながら、ゆっくり辿る。だんだん霧が濃くなって来た。ボンヤリと行燈のような、街灯のような明かりが見えると、御岳山への参道への合流点であった。結局、鳩ノ巣駅からずっと人に出逢うことはなかった。大きな絵看板で宿の位置を確かめ、いきなり急になったコンクリート舗装の道を登ると、「山香荘」の入り口に着いた。小野さんに声をかけられ、御岳山への登頂は後回しにして宿に入った。

▼画像をクリックすると大きく表示されます。
6月9日  (13:00) 小楢峠 6月9日  (13:21) 大楢峠


【6月10日:馬頭刈尾根コース】  佐藤 久尚(昭41年卒)

 メンバーは、佐藤力、岡田、佐藤久の3人。御前山経由奥多摩駅に下るという本間・小島さんパーテイと大岳山まではコースが一緒なので、お二人を宿の玄関先で待つも、なかなか出てこないので、一足先に出発する(8:45)。宿を出て御嶽神社の階段の脇から大岳山方面の標識に従って水平な道を進むと、「奥の院・鍋割山経由大岳山へ行く道」と、「それらを巻いて大岳山に直接行く道」との分岐点に出る。躊躇することなく奥の院、鍋割山経由の道に入る。奥の院までは鬱蒼とした杉木立の中の急な登り。フィトンチッドを体の芯まで浴び森林浴を楽しむ気分で登り、奥の院、鍋割山を超えて大岳山に着くと(11:20)、山頂では既に本間さん小島さんが休んでおられた。お二人は巻き道を通って来た由であるが、まさか先に着いているとは思わなかった。意外や意外。お二人は山頂で休んでいる間、遠くに見える御前山の方を見ながら、「あそこまで行けるかなァ−」と弱気なことを言っていたが、最後は「よしっ」とばかりに気合いを入れて、先に出発して行かれた。
 山頂でお二人の出発を見送った後、我々は馬頭刈尾根コースを辿る。このコースは会社に入ったばかりの頃、会社の山岳部のハイキングで10数人の若い女性(中には気になる子も複数いた。)と一緒に楽しく歩いたことがあり、それ以来50年ぶり。昔の思い出に耽りながら小さな凹凸を超えて行くと、1時間20分で”つづら岩”に着いた。つづら岩は、現役の頃、何度か岩登りの練習に来たことがある懐かしい所なので、休んでじっくりと岩との対面を果たしたかったが、バスの時間に追われていたので、数秒間立ち止まって岩を見上げただけで通り過ぎた。(つづら岩は周りの木々が大きくなったせいか、スケールが小さくなった感じで、昔のすっきりした岸壁の印象がない。下からルートを目で追ってみたが、昔登ったルートなど全然思い出せなかった。)つづら岩を過ぎてちょっと行ったところから、千束への下りの道に入る。昔はつづら岩からの下りは、灌木に捕まりながらずり落ちるようにして下った記憶があるが、今は檜の養殖林の中に立派な道が着けられており、難なく千束のバス停まで下ることができた。14:24発のバスに間に合い武蔵五日市駅に出て無事帰宅した。

6月10日  (11:16) 大岳山頂上にて
    (後列左から小島、佐藤(力)、本間)
    (前に座るのは佐藤(久))
6月10日  (11:17) 大岳山頂上にて
    (左から佐藤(力)、佐藤(久)、岡田)

【6月10日:御前山コース】  本間 浩(昭40年卒)

 ○メンバー  小島和人 本間浩
 ○コースタイム
  御岳山・山香荘(8時50分)―2時間55分 休み@―大岳山(10時55分〜11時20分)―3時間25分 
  休みC−御前山(14時45分〜14時55分)―55分―トチノキ広場(15時50分)=タクシー 鳩ノ巣駅

 天気が良ければ、前日に奥多摩湖から大ブナ尾根を御前山に登って、栃寄に下り、翌日10日は、前夜の飲酒を考慮して最短距離、宿から大楢峠経由で鳩ノ巣に下る予定でした。駅前の大橋食堂で小島さんとお互いの健脚を讃え合い、美味しい昼酒を戴くつもりだったのに。雨の予報で!
 奥多摩には三山が三つあります。高水三山・戸倉三山・奥多摩三山の計九山の内、小生登っていないのは「御前山」だけなのです。この機会に行かねば死ぬまで登れないことでしょう。
 「山香荘」から御前山へは大岳山経由しかルートがないのですが、如何せん長い、見るからに長い、途中昇り降りも多いだろう、行けるかなと不安を抱えながら(内心では、駄目なら鋸尾根を下ればイイヤと)出掛けることにしました。
 5〜6年前学生の米田君と、御岳山から大岳山、馬頭刈尾根を軍道まで下ったことがありましたが、その時の印象ではつづら岩の怖さとその先バス停まで長かった事しか頭に残っていませんでした。
 大岳山までは同じ道を歩く「つづら岩」チームが先に宿を出てしまったので、遅れまいと御岳山神社には寄らず下の道を行きました(彼らは神社から鍋割山経由の上の道を行っただろうと)。芥場峠から先が、特に大岳神社から先が岩がちのこんなにキツイ登りだったとは!山頂が近いのが分かっているだけに休むに休めず1時間5分も歩かされました。救いは前夜の酒の気がすっかり抜けたことです!
 食事を終え一服していたら、「つづら岩」チームが到着。先の長さを考え二三言葉を交わすだけで御前山に向かいました。山頂から急な下りが続き気が抜けないのですが一旦落ち着くと緩やかな登り下りに変わり快適な山道歩きが続きます。すれ違ったパーティーは10組以上あったでしょう。人気コースなのでしょうが、どうも大岳山に向かうほうが主流のようです。
 鋸山を巻いて間もなく車道に出、これから鞘口山、クロノ尾山と御前山への長い登りが続きますが、比較的緩やかで土を踏んで歩く良い山道と言えます。尤も栃寄分岐から先の最後の登りはさすがキツカッタですが。
 山頂は眺めも良くなく、3時前と云う時間も時間なので一服してすぐ降りました。分岐から直ぐに避難小屋があり窓から覗くと板敷で10人以上は泊まれる綺麗な小屋です。学生さんがここを使えば1泊2日で奥多摩三山、三頭山(1531m)御前山(1405m)大岳山(1266m)の縦走が出来るなどと話しながら下っていくと、60リッター位のザックの二人組とすれ違いました。時間から診て、連中今夜は小屋で酒盛りだなーと。
やがて登山道に「体験の森」の広い林道が交錯しはじめ、タクシーを呼ぶ都合上林道を下りました。ただ地図・看板案内図を見ても位置関係がよく掴めず、取敢えず「森」の一番下とおぼしき「トチノキ広場」に向かいましたが、ここは東屋付きで車の折り返しも可なのでここで車を呼び、着替えも済ませました。(しこたま汗をかいていたのでまことにイイ気持ち)
 待っているのも疲れるので下る、と工事の車と会い現在道路は閉鎖中と聞く。ゲートまでは30分以上下ると聞き、ヤッキリするが工事の若い女の子が乗っけてくれるとのこと(菩薩に見えたネ)。
 鳩ノ巣の大橋屋に着いたら、井草さんが仕事仲間と飲んでいる処に出会う。それに半分加わりながらビールで疲れを癒す。例によっていろいろツマミが出て来るのだが、疲れたせいか箸が動かずもっぱらビールを飲むだけ。井草さんは今日枝打ちをやってきた由。花粉を減らすため、木が生きるギリギリまで枝を落とすそうで、杉・檜が裸で帽子だけをかぶっている状態を想像すればいいのか? 近々「わさび」の植え付けを行うとのこと。帰りが長いし疲れもあり、1時間位で切り上げる。
 天気予報を信じなければもっと楽な山行を楽しめたのだが、人がイイもんでつい口車に乗ってしまいました。しかし小島さんにとっては来月の幌尻と8月の聖・赤石、小生にとっても聖・赤石が控えており、そのための良いトレーニングになったこと確かで、それなりに有意義な山行だったと云えるのでは。                    

【6月10日:鳩ノ巣、裏参道コース】  原 博貞(昭41年卒)

 皆様、いろいろ有難うございました。私は山歩きを浪人中の単独の奥多摩登山で始めたので、思い入れがあり奥多摩が好きです。山香荘も今回が3回目で、久ちゃんがここを会場に指定した時、「やった」とよろこびました。
 帰路を鳩ノ巣への裏参道としたのは、1)下りだけで楽そうだ 2)途中で越沢バットレスを通る、 というものです。学生時代の岩登りトレーニングは、ほとんどが葛籠岩で行われましたが、あそこはアプローチが長く、その割にはルートが単調で不満がありました。卒業後組んだ相棒に越沢に連れて行かれ、アプロ−チの楽さ−鳩ノ巣駅から1ピッチ、又、当時は立川から乗り換えなし--と、ルートが結構バラエテイに富み、スリルがある登攀が楽しめることに驚き、良く行きました。三つ峠も好きでしたが、越沢は近いので帰りにゆっくり一杯飲めるのも楽しみでした。
 という訳で皆様と別れたのが9時少し前、11時半位に鳩の巣へ着くだろう、とウキウキと歩き始めました。花は大したものがありませんでしたが、鳥の囀りが楽しい。鶯は当然としてセンダイムシクイ、コマドリ、ボ・ボ・ボと鳴いているのはツツドリか、やませみが眼前を飛び、足下から山鳥が飛び立ちギョッとしたり、大楢峠まではご機嫌で歩いていました。往路、高崎はこのルートで山荘に来ており「越沢から峠の間はちょっと急な場所もあるよ」と注意されていましたが、余り気にはしていませんでした。すっかり山にはご無沙汰しておりバランス感覚が無くなった身には、登りより下りの方が辛い、という事をすっかり失念していました。ちょっとした岩や木の根で滑りそうで腰が引け、へっぴり腰で恐る恐る足を出すので力ばかりが入り足がすぐにガクガクになりました。情けない、こんなところは人には見せられない、一人で来て良かった、もう駄目、というマイナス思考におちいった私の脳裏に浮かんだのは、昨夜聞かされた大山懇親山行のあとの伊勢原の飲み屋における先輩方の勇敢な行動でした。もう一本、あと一杯、とめどなく果敢に飲み続け、ついには店先でバッタリ倒れ、それでも屈する事無く立ち上がり、翌日にかかっても帰宅されたあの勇気、さぞ二日酔いは苦しかったと思われますが、そういう苦労に比べれば私の「足ガクガク」なんてのは苦労の端にもかからない、頑張るのだ、と言いつつよたよたと歩いておりました。と傾斜が緩くなり、道路脇に資材運搬用のウインチを発見しました。その向こうには、そうです、越沢バットレスが眼前に広がっていました。右の凹角ルート、真ん中の大ハングルート、左のスラブルート、いやあ懐かしい!あの中央の大きなハングです。私がぶら下がっていると、相棒が「おい、対岸を見てみ!」と言うので振り返るとアベックが今まさに愛の交歓を熱烈に開始していたのです。「ひやあ」と喜んでいると、腰のゼルプストのカラビナが変な音をたてます。なんだ?と見てみると安全環が外れ、今まさに開こうとしているではありませんか!ぎゃあ、と叫び、慌てて直し、邪心を捨てて登りなおしたものでした。
 そういうノスタルジーをしばし楽しみ歩き出すと、すぐに幅広い舗装道路になっていました。どたどた下り橋を渡り、青梅街道を渡ると鳩ノ巣駅で、時計を見るとカッキリ11時半でした。缶ビール2本で一人乾杯しつつ「本間さんと小島さんは、やっと御前山の登りについた頃では?まだ先は長い。馬頭刈組は葛籠岩に着いただろうか?そこからが大変だよ。ウフフ。日の出組はもう下山しただろう」と山友の行方に思いをはせつつ私の山行は終わりました。皆さま、ご苦労様でした。

【6月10日:つるつる温泉コース】  池知 昭洋(昭41年卒)

 私たちのグループは坂井さん、半場さん、池知の三人。それぞれ浜松、真鶴、寒川と言う西の住人でいつか三人だけで一緒に”と私が気に留めていた方達でした。
 九時少し前に山香荘を出発し、日の出山へ向かった。丸太で作った長い階段に苦しめられながら約40分で東雲山荘前のベンチに到着し、ここで小休止。その後全員で山頂に向かった。山頂からの眺めはもう最高!それまでの肺の苦しみが消えエネルギーが身体中に漲って来るのを感じました。ここで高崎、中村(雅)の二人は、私たち三人を気にしながら三室山経由で日向和田駅へと下りていった。「残された三人」は、”サア、ここからが本番”と言う覚悟で下り始めました。少しでも勾配の少ないなだらかなところを選び、お互いに”こっちの方が降りやすい”と叫びながらの下山でした。滝本に着いたときの喜びはまた格別!11時40分つるつる温泉着。お互いの健闘を讃え合い蕎麦を肴にビールで乾杯、13時のバスで五日市駅へ向かった。
 今回の山行では二つの偶然が重なり、”もしかして山に復活できるかも”と思うことができました。ありがたいことです。一つは、同室の久さんが出発間際に膝にサポーターを巻いているのを目撃したこと。もう一つは坂井さん、半場さんの健脚を目撃したことです。翌月の7月針葉樹会総会で上京した時、石井スポーツで早速サポーターを購入し歩いてみました。具合が良いので登山靴も購入しました。現在寒川神社の参道を歩いて足慣らしをしています。怪我をしてから49年経ちました。”74歳からの復活”って有りかもしれません。皆様、会津で会えますこと、楽しみにしております。

【6月10日:三室山・吉野梅郷コース】  中村 雅明(昭43年卒)

 御岳山からの下山コースとしてA(大岳山〜づづら岩〜千束)、B(日の出山〜滝本〜つるつる温泉)、C (御岳神社周辺散策〜ケーブル駅)が用意されていましたが、A、Bとも最近歩いているので、日の出山までB班に同行し、そこで皆さんと別れ日の出山から三室山(御岳山〜日の出山〜三室山縦走コース)、三室山から吉野梅郷に下り日向和田駅に出る(吉野梅郷コース)ことにしました。9日晩の総会の最初にどのコースで下山するか皆で手を上げましたが、私のコースに高崎さんが同行していただけることになりました。
 10日9:00前に宿坊「山香荘」で解散、それぞれのコースに別れました。
 高崎さんと私はつるつる温泉に下る坂井さん、半場さん、池知さんと一緒に日の出山に向かいました。日の出山に近づくと岡田さんに教えてもらったアジサイに似た葉に小さな白い花がびっしり着いた木が、沢山目につきました(後日「コアジサイ」と判明)。この花は日の出山の先でも見ました。約40分で東雲山荘近くのベンチに着き小憩後日の出山頂へ。天気良し、展望良しでゆっくり休憩した後、つるつる温泉に下る3人と別れ、三室山に向かいました。このコースは守屋益男『奥多摩東部登山詳細図』にグレード=A(良く整備された登山道)、家族・一般向け人気コースと書かれています。頂上直下の急な下りを終えると歩きやすい緩やかな下りが続きました。竜の髭、高峰と二つのピークも巻くので楽です。また、樹林の中の道なので初夏の強い日差しも遮られ、涼しい風も吹き渡っていたので心地良く歩けました。自然に足が出る下り、2人なので話が弾みました。何故か。山での墜落(転落)の話になり、中村が、自身の大学4年7月の北岳バットレス中央稜取り付きでの転落、一昨年4月の大峯奥駈道の丸木橋からの転落、同期の加藤の大学3年3月の八本歯での転落事故、金成の大学2年5月の東鎌尾根よりの滑落を話し、高崎さんが石田さんの大学4年9月の一ノ倉沢衝立岩での転落、原さんの大学4年12月の涸沢岳西稜での滑落の話をしました。お互いに初めて聞く話もありました。遭難になるかどうかは紙一重、運次第・・・石田さん、加藤、金成は若くして病没し悪運の強い原さん、中村が生き残っている・・・中村は今度転落したら運を使い切っていたらアウト・・・過去から現在に話が移ってこの話題終わり。
 三室山の頂上を巻いた処で一服した後は急な下りになりましたが順調に下り、鳥居のある登山口に11時30分頃に着いて下山終了。2月下旬〜3月中旬には120品種1500本の梅が咲き誇っていた「吉野梅郷」梅の公園(2014年にプラムボックスウイルスの感染により全伐採)を横目に見て吉野街道を横切り多摩川を渡って日向和田駅に12:05着。日の出山から2時間15分。ほぼコースタイム通りののんびり下山でした。
6月10日  (9:25)
日の出山手前にて(コアジサイ)
6月10日  (9:34)
日の出山手前のベンチにて
 (左から坂井、半場、池知、高崎)
6月10日  (9:44)
日の出山頂から大岳山を望む
会   報



■2016年5月28〜29日 夜叉神峠・高谷山周辺の登山道整備   小島 和人(昭和40年卒)
           ****** 『針葉樹会報』第136号より転載(一部改訂)


 針葉樹会の皆さんは夜叉神峠の最後の短い急坂を登り小屋の前に出ると眼に飛び込んでくる白根三山の雄姿に喜び癒された経験をお持ちと思います。でも「カンバ平展望台」からの更に素晴らしいパノラマを楽しまれた方は意外に少ないのではないでしょうか? 夜叉神峠から高谷山を経て約20分、急坂を下り中池に至りますが、更に20分進むと「カンバ平展望台」に至ります。ここからは農鳥・間ノ岳・北岳の白根三山に加えてアサヨ峰、甲斐駒そして鳳凰三山まで、南アルプス北部の主峰が勢ぞろいの絶景に思わず『ほー』と声の出る大スコープの眺望が楽しめます。
 創部90周年記念事業として2012年秋、まずはトンネル東口→檜尾峠の山道修復を実施しましたが、目標はカンバ平に至る道の修復でした。その後13年に檜尾峠→高谷山、14年檜尾峠→芦安大石山の神、15年高谷山→中池と、各年20人ばかりで作業を続け遂に今年、夏山シーズンを前に檜尾峠→中池→カンバ平のルートの整備が出来ました。この間、芦安ファンクラブ・地元富士通アイネットシステムの有志と一緒に作業しました。
 この数年、高谷山あるいは檜尾峠から先の道が荒れていたため「カンバ平展望台」も、その先の楢や?の巨木に囲まれたおとぎの国のような「カンバ平」も敬遠されてきた様に思います。今では夜叉神登山口から夜叉神峠・高谷山・中池・カンバ平・檜尾峠を巡り登山口に帰る周回コースも安心して通れます。登山道は人が通らなければすぐ荒れます。今後も毎年補修の作業を続け100周年には立派なハイキングコースにしたいと思っていますが、会員の皆さんには是非お友達を誘ってかんば平展望台の眺望をお楽しみ頂きたいと思います。

●作業報告

5月28日(土)
 午前9時芦安山岳館集合 9時30分作業開始。芦安トンネル東口から檜尾峠に資材歩荷。
 その後檜尾峠→中池間の登山道修復。16時作業終了。
 芦安の白雲荘、チェッカーズに宿泊
5月29日(日)
 午前8時芦安山岳館集合 8時30分作業開始。檜尾峠→中池→かんば平展望台→
 カンバ平間の登山道修復と整備、檜尾峠→トンネル東口整備。15時作業終了し帰京。

●参加者
 両日参加(9名)=芦安ファンクラブ 清水准一専務理事、富士通アイ・ネットワークシステムズ(株) 岡本誠部長、
 針葉樹会は佐藤久尚、岡田健志、吉沢正、中村雅明、宮武幸久、井草長雄、小島和人

 第1日参加(8名)=芦安ファンクラブの大滝要造、堀内訓、井上佳之、長谷川文、
 富士通アイ・ネットワークシステムズ(株)の坂上英輝、渡邉雄樹、針葉樹会は本間浩、高崎俊平
 第2日参加(3名)=芦安ファンクラブの小林成正、
 富士通アイ・ネットワークシステムズ(株)の高橋伸治、小平茂雄


『夜叉神旧道・カンバ平登山ルート略図』赤線が今回の作業道

▼画像をクリックすると大きく表示されます
 【 参加者集合 】
5月29日 8:25
(撮影:中村)
トンネル東口
(作業開始前の打ち合わせ)
5月29日 11:20
 (撮影:岡田)
カンバ平展望台にて
(白峰三山を背にして)
5月29日 15:21
(撮影:岡田)
檜尾峠にて
 (作業終了して)

【 作業の模様と帰路 】
5月28日 12:07
(撮影:中村)
檜尾峠先の登山道補修
(左:高崎 右:佐藤)
 5月28日 12:07
(撮影:中村)
檜尾峠先の登山道補修
(左から本間、小島、吉沢)
5月29日 8:40
 (撮影:中村) 
作業場に向かう一行
(前から本間、吉沢、小島、岡田)
5月29日 13:43
(撮影:中村)
修復が終わった
檜尾峠手前の道を下る
(前から岡田、宮武、井草)
5月29日 13:43
(撮影:中村)
新設したトラロープを掴ん
で檜尾峠手前の道を下る
(前から宮武、井草)
5月29日 13:44
(撮影:中村)
檜尾峠に向かって登る
(前から岡田、宮武、井草)

【 カンバ平展望台とカンバ平 】
5月29日 11:41  
(撮影:岡田)
カンバ平展望台からの
間ノ岳(左)と北岳(右)
5月29日 11:08
(撮影:岡田)
カンバ平展望台からの
北岳(バットレス)
 5月29日 11:07
(撮影:岡田)
カンバ平展望台からの
甲斐駒ヶ岳方面
5月29日 12:39  (撮影:中村)
カンバ平にて
5月29日 12:45 (撮影:中村)
カンバ平にて (熊が引っ掻いた木肌)


【 カンバ平展望台からの展望動画 】
をクリックすると動画が始まります


 ・奥左から白峰南嶺→農鳥岳→間ノ岳→北岳→ボーコン沢ノ頭→池山吊尾根
    仙丈岳→北沢峠→(雲の中が甲斐駒ヶ岳)→アサヨ峰→高嶺→鳳凰三山
   ・農鳥岳の手前に大唐松山を経て右に滝ノ沢頭山の大きなコブを盛り上げた
    尾根が野呂川に没している。


<<関連資料>>
 『芦安ファンクラブ通信』第61号 (2016.7.21)「桧尾峠・カンバ平登山道整備」
**** ・芦安ファンクラブ  堀内 訓
・かんば平への道  針葉樹会  小島和人 クリック
↑この記事のダウンロード 


  
        
                          

会   報


■2016年1月1日 一橋山岳部部長(チーフリーダー)に上重茂衡さんが就任されました。


●2016年1月1日 新年のご挨拶  上 茂衡(一橋大学山岳部3年)
          ****** 2016年1月1日のHUHACメールから転載
 山岳部OBOGの皆様
 新年明けましておめでとうございます。
 2016年度の山岳部部長を務めることとなりました3年法学部の上 茂衡です。
 昨年も山岳部をご支援いただき誠にありがとうございました。
 皆様の援助のおかげで部もかなり活気のあるものとなりました。
 部をより発展させていくためにも部長として頑張らせていただく所存ですのでより一層のご指導ご鞭撻をいただければ幸いです。
 本年もどうぞよろしくお願い致します。

【OBからの返信】 発信順

●2016年1月1日  藤原 朋信(昭和44年卒)
 上さん 新年おめでとうございます。
 新部長として部員の多様な希望をくんで、ますますの発展を宜しくお願いします。

●2016年1月3日  小野 肇(昭和40年卒)
 上さん  札幌のOBの小野です。
 部長としてがんばってくださいね。応援してます。

●2016年1月3日  竹中 彰(針葉樹会会長:昭和39年卒)
 上さん
 明けましておめでとうございます。
 部長就任ご苦労様です。
 針葉樹会としてもできるだけ現役の活動をサポートしたいと思います。
 なお、現在非常に多くの部員を抱えていますが、部の活動として部員の基礎体力作り(平地でのトレーニングを含む)、基礎技術の
 習得(と継承も)を共通の目標とされては如何でしょうか。勿論一橋山岳部は伝統的に自由な山登りを標榜してきましたが、自由
 な山登りは上記のベースがあってこそ成り立つものです。
 安全に登って帰って来ることは何にもまして尊重されるべきものです。その様なことを踏まえて、部の中で闊達な議論を重ねて
 部の方向性、各自の取り組み、役割の確認等を行って欲しいと考えています。
 山岳部は濃密な人間関係の中に存在すると思います、部内での切磋琢磨を期待しています。
 また、安全登山の見地からは(遭難事故等)、緊急時の対応(連絡体制等)に関して部員に共通認識を徹底して頂きたいところ
 です。
 新年早々勝手なことを書きましたが、要は一橋山岳部のよき伝統の中で安全第一に登山を楽しんで頂きたいと言うことです。

●2016年1月4日  前神 直樹(昭和51年卒)
 上リーダー殿
 部員も多く舵取り大変ですが、安全第一に基礎を学ぶという姿勢で着実にやってください。

●2016年1月5日  小島 和人(昭和40年卒)
 上さん
 明けましておめでとうございます。
 部長としてのリーダーシップに大いに期待しています。
 竹中さん、前神さんはじめ多くの皆さんが言っておられるように、安全な登山を基本に年間計画で基本から見直し充実感のある
 一橋山岳部の活動を引っ張ってください。
 応援します。

会   報


■2015年12月5日 中村保さん(昭和33年卒)がJAC祝賀晩餐会で記念講演「禁断の南チベット2014」をされました。  

●2015年12月6日 JAC110周年・祝賀晩餐会−ヒマラヤの東地図帳  中村 保
  ******2015年12月6日のHUHACメールから転載

 昨日の新宿・京王プラザホテルで開催されたJAC祝賀晩餐会は110周年行事とゆうこともあって盛況(600人)でした。 竹中 彰さんご出席。
 皇太子殿下に小生の記念講演「禁断の南チベット2014」にご臨席賜り、ご興味をお示し頂いたことたいへん光栄でした、祝賀会の後、別室にて今年度の秩父宮賞受賞の平出哲也君と一緒に15分ほどお話をさせて頂きました(殿下のご希望)。「ヒマラヤの東地図帳」(東海支部の「インド・ヒマラヤ」とともに記念出版)のパンフ(添付)をお持ち帰り頂きました。勿論本は進呈します。 
 ナカニシヤ出版さんがブースの設置・展示、パンフ配布をしてくれました。効果は充分あったと思います。
 自民党の谷垣幹事長(東京大学山岳部OB、全国「山の日」協議会会長)が来賓として祝賀晩餐会に出席。元JAC会長斎藤淳生先生(京都学士山岳会)も出席されました。斎藤先生には、序文について重ねてお礼を申し上げました。装丁の小泉武さんともお話の機会がありました。本の出版を待ち望んでいます。

▼画像をクリックするとさらに大きく表示されます

『ヒマラヤの東地図帳』表紙


『ヒマラヤの東地図帳』パンフ外面


『ヒマラヤの東地図帳』パンフ内面

●2015年12月7日 Re.:JAC110周年・祝賀晩餐会−ヒマラヤの東地図帳  竹中 彰(昭和39年卒)
               ******12月6日の中村さんのメールへの返信

 
中村 様 会員各位
** JAC110周年記念式典、講演会、晩餐会お疲れ様でした。
講演会では久し振りに中村先輩のブルースカイのスライドと共に「禁断の南チベット」踏査報告を嬉しく拝聴致しました。
皇太子殿下をはじめ多くの会員も改めて中村さんのこれまでの業績を認識されたと思います。
また、図書コーナーでナカニシヤ書店の中西社長が東海支部の「インド・ヒマラヤ」現物と共に「ヒマラヤの東 地図帳」装丁見本持ち込んで色々とPRされていたので、会員への情宣は広まったのではないかと思いました。

なお、本日の朝日新聞朝刊39面に平成8年卒・渕沢さんの美瑛川・カラフルな滝の記事が掲載されていました。



『12月7日朝日新聞朝刊39面』“闇を照らす光の滝”
渕澤貴子(平成8年卒)
【晩餐会スナップ】 撮影:竹中
▼画像をクリックすると大きく表示されます
12月5日 15:29
記念講演

 12月5日 20:25
晩餐会にて
(左:中村 右:山森氏)
12月5日 20:48
晩餐会にて
 (神崎、平出和也夫妻と、左か
   ら3番目;中村、4番目:竹中)


●2015年12月7日 Re.:JAC110周年・祝賀晩餐会−ヒマラヤの東地図帳  中村 保
   ******12月7日の竹中さんのメールへの返信

 竹中 彰 様
 メール有難うございます。 一昨日は真近で講演をお聞き頂き深謝します。 
 皇太子殿下が喜ばれていたと聞き安堵しました。
 先月末のプラハ講演(3,500人参集)については近くレジメを配信します。
 二月にはチベット文化研究所で講演です。依頼書を添付します。
 よい年末年始をお迎え下さい。
     中村先生依頼状
     ↑クリックするとダウンロードできます。


●2015年12月8日 RE.:JAC110周年・祝賀晩餐会−ヒマラヤの東地図帳    上原 利夫(昭和33年卒)
   ******12月6日の中村さんのメールへの返信

 中村保様
 素晴らしい会合でしたね。
 本の装丁もよくできていますね。
 おめでとうございます。

●2015年12月9日 RE.:JAC110周年・祝賀晩餐会−ヒマラヤの東地図帳  中村 保
   ******12月8日の上原さんのメールへの返信

 上原 様
 メール有難うございます。 先月末のチェコ、プラハ国際アルピニズム・フェスティバルのレジメを皆さまに配信します。
 よい年末年始をお迎え下さい。
     プラハ国際アルピニズム・フェスティバルのレジメ
     ↑クリックするとダウンロードできます。

会   報


■2015年11月7日 本年度の芦安・高谷山周辺山道修復作業(ご報告)  小島 和人(昭和40年卒)
              ****** 2015年12月3日HUHACメールより転載

皆さま
大変遅くなりましたが本年度の芦安・高谷山周辺山道修復作業についてご報告いたします。
*
1. 作業日 11月7日(土)
7日に針葉樹会員7名が芦安・白雲荘に泊まり8日の作業に備えましたが、生憎朝からしっかりした雨で8日の作業は中止しました。
2. 参加者19名
針葉樹会  高崎俊平、佐藤久尚、岡田健志、中村雅明、井草長雄、佐藤活朗、小島和人
一橋山岳部  高橋直道、太田貴之
芦安ファンクラブ  清水准一、大滝要造、石川剛、伊井和美
富士通アイネットワークス  岡本誠、堀内、黒沢、坂上、逸見、齋藤
3. 作業概要 7日(土)
 針葉樹会員及び学生は朝早起き、岡田会員など五時前に鎌倉発、甲府に8時9分着。高崎・佐藤久さんの車で芦安に向かう。
 9時に芦安山岳館に全員集合。針葉樹会で清水さんにお願いした資材(桧丸太60本、鉄杭40本、鉄線2巻、トラロープ200m等¥75,600相当)を高谷山までボッカ。登山口から多い人は丸太6本担いだので、殆どの資材は高谷山まで運んだが、一部残り、山岳館倉庫に保管。
 11時半に全員高谷山に到着、昼食を済ませる。12時から15時まで高谷山から中池まで山道の整備。3班に分かれて丸太、鉄杭、鉄線を使階段つくりなど作業。山道整備に皆さん慣れて来て作業が上手く進んだ。
 現在別途進んでいる南アルプスフロントトレイルの一部となる高谷山からカンバ平への道も大変歩きやすくなりました。高谷山からの帰りに針葉樹会員・部員は昨年までに整備した高谷山⇒芦安トンネル東口のルートを下リ、途中ルートの整備にトラロープを張って帰りました。
 檜尾峠の近く、中池からのトラバースルートの補強に必要となる鉄製梯子についてファンクラブも資金的協力を検討いただけると清水さんの話も出ました。8日の作業が雨で流れましたので来年5月登山シーズンの始まる前に一日作業をしましょうと清水さんと話し合いました。
 芦安⇒夜叉神峠⇒高谷山⇒カンバ平ら⇒檜尾峠⇒トンネル東口⇒芦安の周遊山道の復元も見えてきました。
 来年以降の会員の皆様のご協力をお願いします。
4. 4−1 写真 当日の写真が以下にてご覧いただけます。
  富士通アイネットワークスシステムズの岡本さんから連絡頂いたFINET公開ホームページのトピックスとして掲載されています。   http://www.fujitsu.com/jp/group/finet/resources/news/topics/2015/051113.html
4−2 南アルプスフロントトレイル
  南アルプスフロントトレイルは、南アルプス市、富士川町、身延町、南部町、早川町が連携して推進している事業で、夜叉神から櫛形、富士見、七面、十枚などの山を経て南部町の貫ヶ岳までのおよそ70KMを尾根伝いに歩くトレイル。
平成23年度に持ち上がり、何度も現地踏査等検討を進め漸く本年度から第一期工事が始まったそうです。これは平成29年度開通が見込まれる中部横断自動車道の効果最大化を図るべく関係地域で平成22年度から議論が始まっているプロジェクトの一環で、その過程で「南アルプスネイチャー王国プロジェクト推進協議会なども生まれています。
関連情報は南アルプスガイドクラブホームページhttp://magc.jpでご覧になれます。

以上 担当 小島和人



▼画像をクリックすると大きく表示されます
11月7日 10:46
(撮影:中村)
    資材のボッカ     
(前から岡田、佐藤(活)
(岡田は丸太を前に抱える)
11月7日 11:09
 (撮影:中村) 
資材のボッカ
前から岡田、佐藤(活)、小島
11月7日 11:19
(撮影:岡田)
北岳(右)と間ノ岳(左)
 (夜叉神峠の下から)

11月7日 13:25
(撮影:中村)
丸太で階段作り
(中央が小島)

11月7日 15:15
 (撮影:中村)
危険個所にロープ張り
(手前から高崎、佐藤(久))



会   報



■2015年11月1日 月見の宴の報告(「いか焼き」出店)  高橋 直道(一橋山岳部:法学部4年) 
          ****** 2015年12月30日投稿
 出席者 OB 佐藤(力)(昭40)、中村(雅)(昭43)、宮武(昭45)、前神(昭51)、長島(平15)
       学生 (M1)安藤
           (4年)高橋、太田、原 
           (3年)上、辰川、岡田、
           (2年)内海、大矢、
           (1年)小久保、工藤、坂本、高、胡
 
  今年の一橋祭、山岳部はいか焼きの屋台を出店した。近年は「とり天」が続いていたところ、心機一転して新しい試みとなったことは、新入部員が多い今年の山岳部らしい点であった。2日目は平日であったことに加え、あいにくの悪天候のため集客が見込めず開店を見送ったが、1日目、3日目は売り切れとなり、予想を上回る大盛況となった。今年入部した新しいメンバーが中心となって切り盛りする姿は非常に頼もしいものであった。
 月見の宴にも多くの部員が参加した。人数の多さや賑やかさは昨年度までとは大違いで非常に感慨深く、山岳部の復興に尽力した長島先輩や原さんに現在の部の様子を見てもらえたのも嬉しかった。例年と比べOBの方々と山でご一緒する機会は少なくなってきたため、このようにコミュニケーションができるのは部員にとってとても有意義だと思う。まだ部員が行っていない山の話を伺うのも非常に勉強になるし、部の現状について意見交換できるということも重要である。今後もOBと現役部員との間で盛んに交流が持たれることを願いたい。
 
● 11月1日18時頃 部室での顔合わせ(撮影:中村)

(左から)佐藤、小久保、胡、高


 (左から)長島、中村、辰川、内海、高橋、太田、岡田、上

会   報


■2015年10月 故中村慎一郎君遭難慰霊碑を探して 三度目の正直   松尾 信孝(昭和48年卒)
                    ******2015年10月11日投稿

 1968年5月北アルプス鹿島槍天狗尾根にて遭難死した中村慎一郎君の遭難慰霊碑は、麓の大谷原から大川沢左岸を遡った地点に建立された(注1)。
 一昨年(2013年)5月アダージオ懇親山行のあと、しばらくぶりに有志で追悼しようと訪れたものの、上流(荒沢出会いの下流)に堰堤が造られ、その工事のために右岸にトラック道が造られたため周辺の地形が大幅に変わってしまったことと、雪解けで増水した大川沢を左岸に徒渉するのが困難であったため、慰霊碑の場所を特定できないまま、対岸の林道から追悼した。
 昨年(2014年)11月、大川沢の水量が一番少ない時期を見計らって松尾が単身で営林署跡辺りから廃道となった左岸の道をたどって記憶を頼りにそれらしき場所を探しながら堰堤まで遡るも、発見できなかった。
              (以上2回の探査行は一橋山岳会ホームページに掲載済み(注2))

 以上の結果から、次は水量の少ない秋に複数人数で探そうと、去る10月7日再々度の慰霊碑探しとなった。前夜川上村の藤原山荘泊の中村(雅:昭43)、藤原(昭44)、宮武(昭45)と、前日までの日野町議会の委員会を済ませて夜中に蓼科帰着の松尾が中央道原パーキングエリアで合流して大谷原へ。
 まだ10月初めのせいか大川沢は思ったより水量が多く、徒渉はできなくはないがむしろ大ゴ沢が思ったよりおとなしく見えたので、出会いのすぐ下流にある作業用の橋を左岸に渡り、大ゴ沢を2,3歩ざぶざぶと徒渉して、ようやく念願の大川沢左岸の元登山道にとりついた。そこからおよそ10分で営林署跡。当時は大谷原からしばらく右岸添いに辿ってこのあたり吊橋で左岸に渡っていたと記憶する。そこからさらに15分ほどササをかき分け時々残る元登山道を辿ると、なんとなく記憶にある場所に行きあう。そこで各人の記憶の細部の違いが現れる。慰霊碑は沢沿いで沢底から1−2メートルのところにあると記憶している者もいれば、元登山道から5メートルほど入った川を望む崖の上にあると記憶している者など。しばらくして藤原さんの「あったぞー」の声が。藤原さんは忠実に沢沿いの崖の上をたどったのだ。ただそこは沢底からは20メートル近くも上の崖の上、元登山道からは30メートルほど入ったところであった。
 ともあれ3度目の正直でようやく見つけた慰霊碑の前で、線香をあげ、持参の花とビールを供えて山讃賦を手向け故中村慎一郎君を慰霊した。しばらく当時の部活動のことなどの話をして弔いとし、一同これでようやく肩の荷を下ろした思いで来た道を大谷原に戻った。大谷原から見上げる鹿島槍は、秋晴れの雲ひとつない青空を背景に「うつつなくゑまひする」かのような山讃賦の世界であった。

 (注1)針葉樹会報の中村慎一郎君遭難慰霊碑に関する記事
   1.『針葉樹会報第74号』1990.1 「初秋の鹿島槍」西牟田 伸一
    ・西牟田さん単独でレリーフ探すも発見できなかった。
    ・俵昭さん作成のレリーフ位置略図掲載
   2.『針葉樹会報第93号』2001.3 「懇親山行報告[中村慎一郎君レリーフ訪問」 西牟田 伸一
    ・西牟田さん、松尾さん、中島昭子夫人の3人でレリーフ訪問
    ・レリーフまでの詳しい道順記述掲載
 (注2)当ホームページ(トピックス)の中村慎一郎君遭難慰霊碑に関する記事
   1.2013年5月12日 故中村慎一郎君の大谷原追悼行が行われました。 藤原 朋信  金子 晴彦
   2.2014年11月 故中村慎一郎君遭難慰霊碑を探して 松尾 信孝

▼画像をクリックすると大きく表示されます。
遭難慰霊碑  遭難慰霊碑が埋め込まれた石
上ゴ沢林道から大川沢への入口 左手の林の奥に慰霊碑
(右手の大きな木が目印)
正面の大きな石に慰霊碑が
埋め込まれている。




会   報


■2015年6月13日 新緑の宴の報告 西山 祥紀(一橋山岳部法学部4年:副部長)
         ****** 2013年6月14日HUHACメールより転載

参加者
OB  上原利夫(昭33)、小島和人(昭40)、佐藤久尚(昭41)、中村雅明(昭43)、宮武幸久(昭45)
学生 4年   高橋直道(法)、太田貴之(商)、西山祥紀(経)
    3年   辰川貴大(法)、上茂衡(法)、岡田堯之(経)、有田麻子(社)
    2年   大矢和樹(法)、内海拓人(法)、水洞章夫(法)、、清野由紀(ICU2)
    1年   高謙(社)、工藤京平(経)、坂本遼(法)、原島大介(商)、安藤由都(法)
    博士課程 岡部睦(1)
    修士課程 安藤桂吾(1)、山崎智慧子(1) 

 この日は18:30に部室に集合した。部員およびOBが一同に会する大変貴重な場となった。今年の新入部員急増の盛況ぶりは、部室の椅子がすべて埋まり一部の現役部員が立たざるをえないほどであった。自己紹介、山行予定連絡の後、針葉樹会の図書幹事の中村OBから新入部員に針葉樹第15号、針葉樹会報が配付された。それから部員および諸先輩方とともに宴の会場である国立駅前の小樽食堂に向かったのだが、その移動の様子の轟々たるや、とても昨年とはくらべものにならないほど賑やかなものであった。
 小樽食堂での宴では、新入部員の自己紹介をする場が与えられ、各々が出身高校や挑戦してみたい山を挙げ、部員間の相互理解に寄与することになった。
 今回の宴では、普段なかなか垂直的だけでなく水平的にも一同に会することのない山岳部一同が、相互理解を深めるとともに、また諸先輩方からお話をうかがうことで、昔から連綿と続いてきた一橋大学山岳部の活動内容や精神性をそこはかとなくでも感じることができたのではないだろうか。このような貴重な場は、今後も部員一同大切にしていってほしいと願う。

【小樽食堂での宴風景】撮影:中村
19:19
左から高橋、上原
19:57
左から坂本、工藤、安藤(桂)
19:58
左から宮武、小島
19:58
左前から内海、岡部、水洞
右前から清野、有田、佐藤
19:59
左から佐藤、有田、清野
19:59
左前から曲、高、内海、岡部、水洞
右中央、佐藤  

●2015年6月15日開催 三月会記録より抜粋

▽先週末に、国立で「新緑の宴」が開かれ、OBは5人、学生20名の参加があったそうです。部員の中からは、富士山に登りたい、劔岳に登りたい、など前向きな意見が出されるようになって来た。これから4・5年かけて本格的な山岳部に育てていかねばならない、先ずは「縦走(天幕を背負って)」、「雪の山」が今年の目標になろうか。部会の頻度を上げ、一緒にトレーニングをする、山岳部としてどういった山登りを目指すか話し合う、などもぜひ進めて欲しいところです。今年の1年部員が4年生になった時に、雪の来たアルプスを、アイゼン・ピッケルを使って登る(縦走する?)位には成長して欲しいものです。




会   報


■2015年5月26日 一橋山岳部部室の外壁丸太補修が完了しました。
 

諸手配:宮武幸久(昭和45年卒)
補修業者 タナカ塗装(株) [1/24再塗装請負業者]
補修工事:北面腐食・南面破損した2本の丸太を取り替え後塗装仕上げ
補修費用:84,240円(税込)

【 補修前後の補修箇所の写真  撮影:中村(雅) 】
▼画像をクリックすると大きく表示されます。
北面応急補修前
入口屋根から落ちる水で
丸太が腐食した
北面応急補修後
腐食部に布を詰め込む
北面今回補修後
腐食丸太総取り替え
南面今回補修前
最下部丸太破損
南面今回補修後
丸太総取り替え

●2015年2月23日 山岳部部室の屋根を緊急に補修する件 総務幹事
          ****** 2015年2月23日会員宛て一斉メールより転載
針葉樹会員各位
春待ち遠しい今日この頃ですが、皆様にはお元気でお過ごしの事と思います。
さて、先般、新年会に先立つ臨時総会に於いてご承認頂いた「山岳部部室再塗装」に関しましては、1月24日(土)に、会員7名、学生5名参加の下に、無事終了することが出来ました。
この作業中に、残念ながら新たな補修必要箇所が見つかりました。
玄関口の屋根と、本体屋根の接合部に、雨水によると思われる木材の腐食です。
腐食箇所の写真はホームページの「トピックス」1月24日付け報告(以下、クリックして下さい)をご覧ください。

再塗装に協力して頂いた塗装業者さんによれば、このまま数ヶ月放置すると、大修理が必要になるとの事でした。
非公式ではありますが、別途取得した見積もり金額は約10万円となっております。
本来であれば、今後執行部に於ける27年度予算策定時に予算計上の上、総会にお諮りし、会員の皆様の承認を得た後に工事に着手する段取りで進めるべき事柄ではありますが、緊急性に鑑み可及的速やかに修理を実施し、今夏の総会にて事後承認頂くことしたいと考えます。皆様のご協力・ご理解を頂きたく、宜しくお願い致します。
以上
針葉樹会会長  竹中 彰


会   報


■2015年3月5日 三四郎会B班報告  坂井 溢弘(昭和41年卒) 
          ****** 『針葉樹会報第133号』から転載

 B班の行程は、宿泊所「三吉」からタクシーで標高700mの「水生地下」まで行き、約100m登って旧天城トンネルに達し、トンネルをくぐって、伊豆の国に出、二階滝、平滑の滝、釜滝などを経て標高200mの河津七滝、大滝入口に達する210分のコースである。
 伊豆の国の明るい陽光の中、河津川沿いの爽やかな道を頻繁に現れる滝を見ながら、佐藤(力)、佐藤(久)、池知、坂井の爽やか且つスマートな面々で下って行くのは中々楽しいものだった。楽しくてあまり記憶に残らず、「滝がきれいで見事だった」とか「山葵田が爽やかだった」位の記憶しか残っていない。
 山の中は良くて、このままバスもスムーズに来て、楽々、河津駅に下り、コジャレタ食事を楽しんで帰途につくはずだった。が、まず大滝入口のバス停が中々見つからず、指定時刻を過ぎてもバスが来ず、やっと来たバスはお客をギュウギュウ詰め込み、運転席の隣にやっと立ったまま乗せてもらった四人は真直ぐ立っているのが精いっぱいのドライブだった。漸く河津駅の周辺まで達したが、そこは河津桜見物の客、客、客がごったがえす無粋な雑踏の中。ノロノロ運転の後、漸くついた駅で切符を購入、これは上手くいったが、次の食事が又難題。雑踏の中を適当な店を探したが、最後にたどり着いたのは喫茶店。ビールでなくコーヒーで止む無く落ち着いた。コーヒーの後、駅に向かう途中でA班に出会った。この雑踏の中で「良く出会ったものだと」お互い感心しながら帰途についた。
 最後になるが、大滝入口周辺、河津の川沿い、駅周辺の古木と河津桜は見事だった。


会   報


■2015年3月4〜5日 三四郎会報告−天城越え紀行  吉沢 正(昭和42年卒) 

     ****** 2015年4月15日投稿

 筆者が入学した年(昭和38年)に在学していた山岳部員20数名で三四郎会なるOB会を作っている。同会の趣旨は専ら親睦で、年に一回程度温泉宿などに集まり勝手なことを言って酒を酌み交わし、日頃家で味わっている疎外感の憂さ晴らしをしている。時には低い山に登ったりもする。

●3月4日(水)
 第10回目の三四郎会が伊豆湯ヶ島の外れにある旅館「いろりの里三吉」にて開催された。幹事坂井さんに依ると今回は唯温泉に浸かって酒を飲んで喋り合うだけでなく、「伊豆の踊子」が通った天城旧街道の踏破も主目的の一つにしているとのことであった。
当日午後3時近く、会員12名が各地から修善寺駅に集合しタクシーで宿に向かった。遠方組には札幌から飛んで来た蛭川、小野の両氏と浜松から車を運転して来た半場氏がいる。宿は幹事が厳選しただけあって、決して四つ、五つ星のレベルではないが小奇麗で、もてなしの心が行き届いている。また小さいけれども露天風呂もある。一風呂浴びて指定された部屋に戻ると、先に着いた者達が既にビールを開けて小集会が始まっていた。
 6時から一階の広間で宴会開始。横に並べた座卓に12人が適宜座を占めたが、座長格の蛭川さんを始め座椅子や短脚付きの椅子を求める者が半数に上った。考えてみれば出席者中一番若いのが筆者で、来月71を迎える。半数の人が足腰に問題を抱えてもおかしくない年頃だ。料理は刺身やてんぷらを始め、値段の割には予想外に上等だ。酒が入って近況報告に移るとやはり健康のことが多い。佐藤(力)さんは足を痛め治療に国立の無料診療所に通っているとのこと、坂井幹事は昨年末から次々に色んな病気に罹ったと言う。明るい話は半場さんが仕事を止めてストレスが無くなったので太ったこと、また池知さんは手掛けている事業が上首尾らしく、これからも頑張りたいと明るく話していた。中村君から、45年卒の宮武君が針葉樹会総会での山讃賦の歌唱音頭取りを辞退したいと言っており、佐藤(力)さんに代わってもらってはどうかと提案があった。これに対し本人から宮武君の次回三四郎会参加を条件に同意するとの表明があった。満場拍手喝采。
 二次会は一階の奥の囲炉裏のある場所に移った。囲炉裏にはシシ鍋がかかっており、これを突っつきながら酒宴が続いた。シシ鍋は筆者は初めての経験だが、なかなかに味わい深いものだ。確かお碗に四杯お代わりした。ここでは皆専らシシ鍋と酒に集中し、余り突飛な話は出なかった。誰からとなく次回の幹事を誰にするかの話が出たが、ごく自然な流れとして佐藤(久)さんが指名され、本人も快諾した。次回幹事から「来年、奥多摩の御岳山の宿坊で清らかな三四郎会を開きたい」と、本気とも冗談ともつかない発言があった。誰かが「あの宿坊では酒も飲める」と返した。明日が早いので二次会も早々に切り上げ、各自部屋に戻っておとなしく床に就いたようだ。

●3月5日(木)
 今回のメインイベントである「伊豆の踊子」の通った天城旧街道の踏破のため全員7時に起床。朝食を済ませ、8時に宿を出発。各自の希望と幹事の采配により全員を以下3班に分ける。
 A班:スタート地点の浄蓮の滝から大滝入口まで踊子が通った道の主要部分を踏破する健脚者コース。約20kmをひたすら愚直に歩く。メンバーは小島、小野、岡田、中村、筆者の5名。
 B班:A班行程の途中水生地から大滝入口までの12kmを華麗に歩くスマートコース。メンバーは佐藤(力)、坂井、佐藤(久)、池知の4名。
 C班:宿からマイカーで河津まで行き、河津桜を堪能後そのまま帰路に着くという風流コース。殆ど何も歩かない。メンバーは蛭川、半場の2名。
 他に単独行の好きな原さんが、三島の鰻が忘れがたく、宿より三島に舞い戻り鰻丼を食って帰宅したらしい。
 筆者にはB班、C班及び単独行班の行程の中身は分からないので、以下A班の行程について記す。
 8時にタクシーで宿を出発し、20分ほどでスタート地点の浄蓮の滝に着く。まずまずの好天だが、この時期にしては風が冷たい。ザックからセーター等を出して身に着ける。まずこの滝を見ようと10分程石段を下る。すると眼下に二段、三段に亘る水量豊富な滝が水飛沫をあげている。また周囲の清水にわさび田が散在し、中々の景観だ。歩道入口の駐車場に戻りペットボトルのお茶等購入し、スタート準備を整える。ここからは天城山塊を南北に流れる木谷川に沿って国道414号線が走り、それに沿って旧下田街道が続いている。伊豆の踊子の一行と主人公の一高生が修善寺から下田まで歩いたのもこの旧下田街道だ。街道を天城峠に向かって歩き始める。道は所々トラックが通れる砂利敷きであったり、傾斜のある山道であったりする。出発地点の浄蓮の滝は標高約300mで、そこから天城峠直下の旧天城トンネルまでの標高差200m、距離8km強を登りつめて行かなければならない。途中幾つかの滝や憧憬地を通り過ぎ、ひたすら歩く。グループの中でやや齢のいっている小島、小野両氏の足取りも意外と軽く、時々鼻歌等が聞こえて来る。渓流に沿って諸所に作られているわさび田が優美で清々しい。盗む者がいるのか、周囲は厳重に柵で覆われている。歩き始めて2時間半程して旧天城トンネル入口に到着。あずまや風の構造物とトイレがあり、ここで小休止を取ることにして宿で用意してくれた握り飯を頬張る。休んでいると下の方から車で女三人、男一人のグループが到着し、こちらに向かって歩いて来た。もしや踊子一座の正夢かと想いきや、近づいてみると齢と言い、容姿と言い、とても比較にならない。岡田君がその内の比較的若い婦人に声をかけ、談笑し出した。彼は誰に対しても親切で直ぐに仲良くなる。
 腹を満たした後、行程の後半戦にチャレンジ開始。旧天城トンネルは明治37年に開通し、これによってそれまで天城峠を通っていた旧下田街道の旅程が大幅に短縮され、人や物資の輸送に多大な便宜を齎したと言われている。全長445.5mの現存する日本最長の石造りトンネルで、国の重要文化財に指定されている。その景観と希少価値から「伊豆の踊子」以外にも数々の小説や映画の舞台に使われて来た。例えば松本清張も鍛冶屋の倅と酌婦を主人公にした推理小説「天城越え」の中で、倅にこのトンネルを往復させている。
 トンネルの入口から中を覗くと緩やかな登り勾配が続いており、向うの出口が星のように小さく見える。中に入ると急に気温が下がり思わず上着の襟を詰めるが、何となく薄気味悪い雰囲気だ。以前何かの記事で読んだが、このトンネルは日本有数の心霊スポットと言われており、トンネルの中ほどに若い女が立っているのを見たとか、車で通過した後車体に爪のひっかき傷があったとか言った話が絶えないそうだ。そんな記事を思い出すと寒さが余計身に染み足が自ずと速くなるが、なかなか行く手の星が大きくならない。
 やっとのことでトンネルを抜けると、南伊豆の暖かい陽光が我々一向を迎えてくれた。ここからは目的地の大滝入口まで下りが続くので、足取りも軽くなる。下りは何故かトラック道を歩くことが多くなった感じだ。中村君が、数年前同じ道を通った時は山道を歩いたのに変だと仕切りに首を傾げていた。心霊スポットの影響か何かの勘違いだろう。順調に歩を進め、2時過ぎに目的地近くの河津七滝に着く。遊歩道に沿って幾つかの滝を鑑賞する。2時40分大滝入口到着。辺り一帯が満開の河津桜で埋め尽くされている。ここからバスで河津駅に向かうが、日曜日と満開の桜が重なったための時ならぬ人出で、道が混雑し中々駅に着かない。
 河津駅も人でごった返し、帰りの切符がなかなか買えない。駅周辺でウロウロしていると、先行隊で2時間も前に着いていなければならないB班の面々に遭遇した。彼らはこんな所でこれまで何をしていたのか不思議だ。ともあれ無事目的地到着を祝福し合い、それぞれ帰路に就いた。

3月5日 8:00(カメラ:岡田) 三吉前にて出発前全員で
(後列左から)岡田、半場、佐藤(久)、吉沢、中村、蛭川
(前列左から)小野、坂井、池知、小島、佐藤(力)、原


3月5日 11:28(撮影:岡田) 旧天城トンネル入口前にて
(左から)小島、小野、吉沢、中村


3月5日 13:24(撮影:岡田) 満開の河津桜
(河津駅に向かうバスの窓から)


会   報


■2015年1月24日 一橋山岳部部室の外壁が再塗装されました。


** 幹事 宮武幸久(昭和45年卒)、前神直樹(昭和51年卒)
参加者 [OB] 中村雅明(昭和43年卒)、藤原朋信(昭和44年卒)、宮武幸久、金子晴彦(昭和46年卒)、
西牟田伸一(昭和47年卒)、井草長雄(昭和48年卒)、前神直樹
[学生] 太田貴之(商3)、西山祥紀(経3)、辰川貴大(法2)、上茂衡(法2)、内海拓人(法1)


作業終了後、部室前にて参加者全員で 13:29[撮影:前神]
(後列左から)藤原、金子、中村。西牟田
(前列左から)宮武、井草、西山、太田、辰川、上、内海

※以下、本作業に関する参加者のメールを掲載します。

●昨日はお疲れ様でした。 中村 雅明(昭和43年卒)

   ****** 2015年1月25日メールより抜粋
**
 宮武さん 金子さん 前神さん
昨日はお疲れ様でした。
宴会まで待てずに先に失礼し申し訳ありません。
人も集まり作業もスムースに進行し、予期した時間より大部早く無事作業終了して結構でした。金子さん、夜行バスで駆けつけ、早朝より作業開始ご苦労様でした。
昨年の新緑の宴の帰りがけに竹中さん、岡田さんと3人で「外壁の再塗装をする時期」と意見一致し、気の早い岡田さんと学生支援課に立ち寄り、施設課の武藤課長を紹介され業者への見積もり依頼をしたことからスタートしました。
 提出された見積り金額を見た金子さんと前神さんが前回と同様に自分達で作業しようと提案、それを受けて宮武さんが業者を探し前神さんと一緒に作業具体化−−>予算申請−−>臨時総会で承認−−>即実施と関係者の連携が見事でした。前回と違って学生&OBの共同作業で短時間に仕上がったのは山岳部復活の証、動くべきOBが活躍したことによるものです。これらの経緯を示すメールは図書幹事として保存します。(後略)  
 
●ご連絡(お礼とお誘い) 中村 雅明(昭和43年卒)
   ****** 2015年1月25日メールより抜粋
** 西山さん 太田さん 辰川さん 上さん 内海さん
昨日は部室外壁再塗装ご苦労様でした。
特に前半のペンキ落しは埃まみれの作業で大変でしたね。OB&学生のチームワーク良い作業で予定より早く作業が終わりました。
前回(7年前)はロシアからの留学生1人だったことを考えると隔世の感があり、一緒に作業していて嬉しかったです。お疲れ様でした。

●RE:ご連絡(お礼とお誘い) 内海 拓人(一橋山岳部1年)
         ****** 2015年1月25日メールより抜粋
**  中村さん
昨日はお疲れ様でした。
実際に作業していると、外壁の損傷が思ったより進んでいたことを実感しました。
足場を組んでの本格的な作業は、OBの方々の御協力無しでは難しかったので、誠に感謝しております。今後も継続して部室の整備に取り組んでいきたいと思います。

●Re:昨日はお疲れ様でした。 金子 晴彦(昭和45年卒)
         ****** 2015年1月26日メールより抜粋
**  各位
大変効率的に終わり、学生との交歓もできて感謝です。アイゼンなどを手に入れて田舎に帰りました。4月に槍に登りたいと思っています。報告書添付します。
 
  『部室ペンキ塗り報告(全6頁 写真10葉)』
      ↑クリックするとPDFがダウンロードできます。



外壁丸太のペンキほこり落し(4頁)


外壁丸太のペンキ塗り(5頁)


●RE:昨日はお疲れ様でした。 前神 直樹(昭和51年卒)
   ****** 2015年1月26日メールより抜粋
**  金子さん
早速に報告を書いていただき感謝の言葉もありません。
ともかく人手があって足場があればればものすごく速く作業が終わることを実感しました。前回の作業とはえらい違いでした。
ただ前回も今回もかなりの部分を金子さんにやっていただいたのは変わりませんでしたね。

●Re:昨日はお疲れ様でした。 金子 晴彦(昭和45年卒)
  ****** 2015年1月30日メールより抜粋
**  各位
こちらの新聞折り込み広告に磨木師(みがきし)なる作業サービスの宣伝が入っていました。
我々がした様に、木のアク、ほこり、汚れ、カビ、シミ、日焼けなどを磨いて取り除き、塗料を塗って木を保護するサービスだそうです。時間を経た古材には、木材と共に過ごしてきた時間があってこその木目、照り、模様、色の深みなど新材には決して真似のできない価値が眠っていて、磨木師はそれを引き出すのだそうです。チラシの最後に「再びものを大切にする時代にあって、とても魅力ある木材を実はお持ちになっていることを誇りに思っていただきたいと考えております」との言葉。山岳部の部室を意識しているのではないかと思われるほどの言葉です。14名はなかなかの仕事をしたことになります。
ついでながら磨木賃は3500円/平米です。と言うことはあのたわし作業だけで80平米X3500=最低28万円ほどの市場価値があったと言うことです。
報告の中に入れても良い情報だと思います。
  

●RE:昨日はお疲れ様でした。 前神 直樹(昭和51年卒)
          ****** 2015年1月30日メールより抜粋
**  金子さん
下記ありがとうございます。
磨木師(みがきし)なる言葉初めて見ました。我々も一生懸命磨きましたが、このプロの方からすればあの磨きは磨いたことにはならないかもしれませんが、それでも作業するうちに木目が出てきたのはうれしかったです。
我々の作業は28万円の価値ですか。大したものです。
  
■2015年2月15日 再塗装後の写真を撮りました。 中村 雅明(昭和43年卒)
          ****** 2015年2月17日投稿
 1.再塗装後の部室写真
    埃を落しペンキを塗ると木目が浮き出て見違える様に綺麗な外壁に蘇りました。

全体

▼塗装を終えた部室写真(画像クリックで大きく表示されます)
北面・西面 南面・東面 東面 北面

 2.出入口ドア庇横の丸太が腐っているのを発見し、布を詰めてペンキを塗り応急修理をしましたが、
   以下の完全補修をする必要があります。
  1)部分補修
   @庇と壁(木部)に痛み部分を少し大きめに取る。
   A取った後、変性シリコーン(外部用)もしくは木製パテを埋める。
   Bその後、塗装する。
  2)具合によっては庇の上に水切りが必要になる。
補修部拡大 補修前 補修箇所


会   報


■2014年11月 故中村慎一郎君遭難慰霊碑を探して  松尾 信孝(昭和48年卒)

          ******2014年12月2日HUHACメールから転載

 私と同期(昭和42年入学)の中村慎一郎君は1968年5月1日鹿島槍天狗尾根にて遭難死しました。彼の慰霊碑は、長野県大町市の奥の方の大川沢沿い、大谷原と荒沢出合いの中間地点の登山道(国有林巡視路)を少し入ったところに設置されました。(当時のOB諸氏、俵リーダーその他関係者の尽力で、営林署から、「国有地内にそのようなものの設置を許可することはできないが登山道から見えない所であるなら黙認する」、との特別「許可」を得、建立されたと聞いています。)昨年5月のアダージオ合宿の折、俵さん以下当時学生部員で中村君と部生活を共にした有志で慰霊碑に参り追悼することになりました。(参加者は中村(雅)、俵、宮武、藤原、戸川、金子、松尾 ) ところが付近の様相がかなり変わっていました。一番大きな原因は、大沢川上流に堰堤が設置され、その工事のために右岸に車の通れる林道ができたことです。その結果、戦前の小谷部全助先輩初め荒沢奥壁に挑まれた一橋諸先輩が使われた左岸の登山道は使われなくなりました。当時は右岸をしばらく進んでから営林署小屋手前で吊り橋を渡りましたが、それがなくなり、大谷原から一旦左岸にわたる橋がかけられているものの、大ゴ沢を渡る橋がなく(つまり徒渉以外に左岸にアクセスする方法ナシ)、昨年はやむなく右岸の林道を進んで目星を着けたあたりで左岸に徒渉することにしました。ところが雪解けの増水が思ったより多く、ようやく藤原さんが一人何とか徒渉されたものの残りは安全のためにあきらめました。左岸に渡った藤原さんはしばらく藪の中を行ったり来たりして捜されましたが、一人ではなかなか藪の中で発見することは困難で、結局一同は対岸の林道で線香を手向け山讃賦を謡って若くして逝った中村君を追悼しました。その時、次回は水量の一番少ない晩秋に全員で徒渉して慰霊碑に参ろうということになりました。
 さて、次回参集の前に何はともあれ慰霊碑だけは見つけて目印を残しておこうと、松尾は11月三連休最後の日に大谷原に出かけてきました。前回の敗因は左岸の道を遡らないで右岸の林道から目視したことにもあるかと思って、最初から左岸をたどろうと、廃道となった巡視路をかすかに残る踏み跡を探しながら藪を漕ぎ漕ぎ上流に向かいました。しかし、ルートファインディング、藪こぎ、慰霊碑探しの一人三役はやはり困難で、荒沢出合い近くまで行くも、結局慰霊碑を見つけだすことはできませんでした。それにしても、15年くらい前にこちら(蓼科)に来た頃、俵さん、西牟田君と一緒に中村君のお姉さん(中島寛さん夫人)をお連れしたときには簡単に見つかり、その後も10年位前には私一人で行った時にもすぐに見つかったのが、どうして今回は見つけだすことができないのか、衰え行く記憶を呪ったものです。その日は上流で徒渉して右岸の林道を戻ったのですが、対岸から見ると、もしかしたらあの辺りではないかと言うところがあり、心に引っかかっていました。
そこで、予報では来週からは冬型になる(つまり雪に閉ざされる)と言う11月30日に、これが今年最後のチャンスだろうと再度大谷原へ向かいました。今度は林道を進み(楽です)ここというところで長靴に履き替えて徒渉し、崖をよじ登って・・・・。でもやはりありませんでした。一つ気がかりなのは、ここと思わしき場所のすぐ下に堰堤が作られており、もしかしたらその工事中に取り払われてしまった可能性も無きにしもあらず、との懸念も残ります。

 学生のころ、夏合宿中に五色が原では友田さんの慰霊碑に手を合わせ、雪渓訓練の時には谷川マチガ沢でも山中さんの霊をお慰めした記憶があります。中村君の慰霊碑は、もうよほどのことでもない限り人の通ることのなくなった廃道のそばにあるはずです。何とか見つけてやりたいものです。今度は、やはり徒渉のできる来年の11月になるとは思いますが、もう少し人数を増やして手分けしてさがしましょう。
 【編集後書き】
1. 2013年5月の故中村慎一郎君追悼行については、当HPの『トピックス』の
2013年5月12日 故中村慎一郎君の大谷原追悼行が行われました。」を参照して下さい。
2. 松尾さんの同期の西牟田伸一さん(昭和47年卒)が2000年10月28〜29日に行われた
懇親山行の2日目(29日)に俵昭さん(昭和44年卒)と松尾さん、中村君のお姉さんと一緒に中村慎一郎君のレリーフを訪問されました。その記事が『針葉樹会報第93号』に「中村慎一郎君レリーフ訪問」と題して掲載されています。



ここをクリックすると「中村慎一郎君レリーフ訪問」PDFをダウンロード出来ます。

会   報


■2014年11月15〜16日 芦安・高谷山周辺の山道修復作業報告   小島 和人(昭和40年卒)

      ****** 2014年11月19日HUHACメールより転載

針葉樹会の皆様
本年度の芦安・高谷山周辺の山道修復作業は予定通り実施されましたので以下概要をご報告いたします。

1.日時 平成26年11月15日(土)16日(日)の二日間。

2.参加者 15日16日の二日間で芦安ファンクラブ6名
 富士通アイネットワークシステムズから15名が参加。
 針葉樹会からは、上原、本間、小野、高崎(俊)、佐藤(久)、岡田、中村(雅)、宮武、小島の会員が両日参加しました。
又現役部員三年の太田貴之君が15日に参加しました。

3.作業概要
計画段階では高谷山からカンバ平への山道の修復を意図していましたが、芦安ファンクラブからの要請で以下の2か所の作業としました。
@ 一昨年修復した芦安トンネル東口から檜尾峠間の登山道上の土砂除去。昨年来の大雨により土砂崩れした部分の道及び土砂に埋まった階段などの土砂撤去を実施。
A 檜尾峠から桃ノ木温泉に下る尾根道で本年、道に迷う登山者のために救助隊が出動する事件が2度発生したとのことで、檜尾峠から同尾根道の1200m付近から分岐して芦安山の上(芦安山岳館側)に下るルートにつき、ルート設定して赤布マーキング、急斜面ロープ張、階段の設置、を実施しました。

4.その他
 本年の作業により、高谷山⇒檜尾峠⇒芦安トンネル東口のルートと高谷山⇒檜尾峠⇒大骨山⇒芦安山の神(山岳館近く)ルートの二つのルートが出来まして、夜叉神峠へのハイキングも選択肢が増えました。会員のお友達との山歩きに是非ご利用ください。
 尚、1200m付近から桃の木鉱泉に下る道は何ら補修がされておらず急峻なままですのでご利用は控えて頂くほうが良いと思います。詳細は新年会、会報などでご説明します。


作業地図(芦安ファンクラブ作成)
桃ノ木温泉に下る道は今回は作業実施見送り

▼画像をクリックすると大きく表示されます
11月15日 12;54
(撮影:中村)
山道修復作業
(左から高崎、小島)
11月15日 14;17
(撮影:小島)
山道修復作業
前から高崎、一人置いて
三人目が中村
11月15日 17:05
(撮影:小島)
芦安山岳館前にて
作業終了後全員で
集合写真
11月16日 8:57
(撮影:小島)
 前日修復した展望テラス
 を通って檜尾峠に向かう
11月16日 12:53
(撮影:小島)
山道修復作業
手前は清水氏、後ろは
左から佐藤、中村、高崎
11月16日 13:48
(撮影:小島)
2日目の作業を終えて
全員で集合写真

会   報

■2014年11月15日 山岳月刊誌『PEAKS』2014年12月号に一橋山岳部の記事が掲載されました。

●2014年11月25日 雑誌「 PEAKS 」に関するご連絡と訂正 
                             辰川 貴大(一橋大学山岳部2年)
                  ****** 2014年11月25日のHUHACメールから転載
 針葉樹会会員の皆様
 こんにちは。
 一橋大学山岳部2年の辰川貴大です。
 この度、一橋大学山岳部が雑誌『PEAKS』12月号の「山の部活潜入調査 部員さん、こんにちは!」に掲載されたのでご連絡いたしました。
 経緯といたしましては、一橋大学山岳部のHPに編集社の方から取材の依頼を受けまして、私が窓口となり編集社の方と連絡を取り、 編集社の方に山岳部部室までお越しいただき、取材をして頂きました。
 部員の紹介、部室の写真、OBさん(藤原さん)のコメントなどが掲載されています。
 その雑誌の中でいくつか訂正がございます。
 1)140頁 創立 明治45年(誤)大正11年(正)
 2)141頁 部室が建ったのは1992年(誤)1999年(正)
 3)140頁 本文(下覧)3行目 北岳に初登頂(誤) 北穂高岳滝谷グレポンに初登頂(正)
 4)140頁 本文(下覧)4〜5行目 日本山岳会の元学長が所属している(誤) 日本山岳会の副会長を務めたOBがいる(正)
 これは校正・最終確認をした私のミスです。誠に申し訳ございませんでした。
一橋大学山岳部が一般雑誌に掲載されるのは初めてだという話を伺いました。大変面白い記事になっていると思いますので良ければ書店にてご覧になってみてください。

●2014年11月17日開催  三月会記録 高崎 俊平(昭和41年卒)
                  ****** 2014年11月22日のHUHACメールから抜粋
▽山岳月刊誌「PEAKS」の最新号(12月号,11/15発売)に一橋山岳部の記事が出ています。中村(雅)さんがコピーを持参されました。記事の内容には、4カ所くらいの誤りがあるようですが、部室の中が綺麗な写真で紹介されていたり、名前入りで部員の集合写真とか肉体美を誇る部員の写真があったり、面白い記事になっています。

      

※記事画像をクリックするとA4版の記事がダウンロードできます。


会   報


■2014年11月1日 月見の宴の報告(「とり天」について)  長島 弘賢(一橋山岳部:商学部4年)
         ****** 2014年12月8日投稿

出席者 OB 竹中、佐藤(力)、佐藤(久)、中村(雅)、前神、松田
    学生 (4年)長島 (3年)太田、高橋 (2年)上、辰川、岡田 (1年)大矢、内海

 去年に引き続き、月見の宴を一橋祭の初日に開催した。去年の一橋祭での経験を生かし、後片付け等の負担が一番軽い一橋祭初日を開催日とした。今年もキャンパス内での飲酒が禁止とされていたため、部室で1時間ほど歓談した後、宴会会場へと移動した。また宴会会場は予約の都合上、去年の小樽食堂とは異なり、国立駅のすぐ近くの日本海にした。会場には多くの学生団体がいたため、月見の宴の会場には向いていない点が今回の反省点である。しかし、小一時間もすると、すぐに学生団体もいなくなり、例年通り、OBと学生で交流を深めることができたと感じる。
 今回は少人数での開催となってしまったが、その分、密な交流ができたのではないかと感じる。前回の新緑の宴では、OBと学生のお互いの自己紹介がメインに行われたが、今回の月見の宴では、OBの方々の山行経験を中心に交流を行った。山行における行き帰りの公共交通の利用方法などはとても興味深く、また時折皆で大笑いをしながらお話を伺うことができた。さらには、まだ部員の多くが経験したことのない、雪山山行の話なども、現役部員は皆興味深く聞いていた。
 また、夏の富士山山行を機に、入部した部員もおり、その部員にとっては、初めてのOBとの交流だった。このように、一橋山岳部は他の部と異なり、OBと交流を深めながら部を進めていくという雰囲気を後輩達が感じ取ってくれれば、後輩に次の部の運営を託す私にとっては非常に大きな意味のある宴会であったと思う。
 今後も次を担う後輩たちが、どのような「山岳部」を作り上げていくのかはわからないが、これからもこのようなOBと現役部員との交流の場は続いていくことを切に願いたいと思う。

●「とり天」について
 去年に引き続き、一橋山岳部として「とり天」を出店した。とり天は大分県出身の一学年上の先輩である峯さんから教わったものである。今年の一橋祭出店に関して、私はあえて深く関わろうとはしなかった。これは、去年は運営の多くを後輩が担っていたため、私も今回はあえて前線から身を引き、後輩達中心に進めて欲しい、との想いからである。
 また、金銭に関しては、去年は4年生の先輩達におけるカンパで賄っていたが、私は、今回は部員全員で費用を均等に賄うこととした。一部で金銭を賄うのは運営上良いとは考えられず、また費用を皆で賄うことで、部員一人一人に当事者意識をもって、今回のとり天に臨んでほしいという私の想いからである。
 まず、一橋祭に向けての準備は9月頃よりはじめた。今年は2年の上を中心に運営を進めさせることになった。最初は、上からチョコバナナを出店することになったと報告を受けたが、チョコバナナでは芸がないなというのが私の率直な感想だった。さらに本間さんからも山岳部らしい出店の方が良いのではないかとのアドバイスもあり、9月の部会の際に、今年も去年に引き続きとり天を出店することに決まった。そこから、まず上に部員全員から、一人3千円ずつカンパさせ、とり天のレシピ等を考えるようにと指示をした。
 上は、同学年の辰川や、他の部員と協力をしながら、一橋祭出店に向けて動いてくれた。そのおかげで、今年はかなり立地条件の良い場所を取ることができた。去年は兼松講堂前であったが、今年は、多くの来場者が通る、西キャンパス入口付近を出店場所として確保することができた。
 また、予算についても事前に計算をしてくれたため、予算を上回る出費などはなく、3日間を進めることができた。レシピについても、料理サークルに所属している辰川を中心に従来のとり天のレシピを改良し、より良いとり天を作ることができていた。今年のとり天は来場者の間でもとても評判で、3日目の午後、すぐに売り切れとなっていた。
 総売上は83619円であり、総費用は51342円であった。利益は32277円となり、無事に黒字で一橋祭を終えることができた。去年の経験があるとはいえ、後輩達は各々が思考し、3日間の一橋祭を無事に終えることができた。今回の経験を生かして、今後の一橋山岳部を盛り立てていってほしいと思う。
● 「日本海」での宴会模様 (撮影:中村)
写真をクリックすると大きく表示されます

18:13
 (左前から) 佐藤(久)、上、松田
(右前から) 長島、佐藤(力)、大矢
18:13
(左前から) 辰川、佐藤(久)
 (右前から) 竹中、内海、佐藤(力)
18:14
(左から) 辰川、佐藤(久)、
上、松田
18:14
(前から) 前神、高橋、竹中、
内海、佐藤(力)
18:15
(前から) 辰川、佐藤(久)、上


会   報

■2014年10月18日 中村保さん(昭和33年卒)が国際山岳連盟(UIAA)の名誉会員に選ばれました。  

 (編集前書き)本件は小野寺斉氏(日本山岳協会常務理事・横断研)が日本山岳会会報『山』
          2014年11月号の「中村保名誉会員、UIAA名誉会員となる」で詳しく報告されています。

※ここをクリックすると当該記事をダウンロード出来ます。

以下に本件に関わる中村さんと関係者のメールを時系列で掲載します。

●Fw: UIAA Honorary Membership Fw: Tom Nakamura  中村 保
  ******2014年6月11日のHUHACメールから転載
American Alpine Club(AACアメリカ山岳会)が英文ジャーナルJapanese Alpine Newsを評価して
小生を国際山岳連盟UIAAの名誉会員に推薦してくれました。 
推薦人のBill Lowell PatnamさんはUIAA名誉会員(UIAAの活性化に尽力)で最近までAAC名誉会長でした。 
アメリカの有名な天文台Lowell Observatory (Flagstaff, Arizona)の館長を長年務めました。 
現在91歳、ニコラス・クリンチさんの親友です。
この天文台をつくった「知られざるジャパノロジスト」Percival Lowellは
ウエストンより以前に日本アルプスを立山から黒部を横断し長野に抜けています。
山の世界はどこかで繋がりがあるものですね。
中村 保

   *** 中村さんのBill Lowell Patnamさんへの返信(2014年6月11日)***
Subject: UIAA Honorary Membership Fw: Tom Nakamura
Dear Bill,
It is a really surprising news! Honorary Membership of UIAA is more than honor and privilage for me.
I can't express enough thanks for your thoughts with me as ever.
Ang Tshering Sherpa san has kindly advised me to join the UIAA GA in Flagstaff in October 18.
I regret, however, that I am unable to do so becausue my Autumn 2014 expedition plan has already been fixed and I shall head to South Tibet leaving Tokyo on October 8. On the way back I will visit Kathmandu.
Thanks again and stay in contact.
All good wishes,
Tom Nakamura

   *** Bill Lowell Patnamさんの中村保さんへのメール(2014年6月10日) ***
Subject: Tom Nakamura
Frits;
On behalf of the American Alpine Club, I would like to ask that the next General Assembly, in Flagstaff this coming October 18th, elect to Honorary Membership in the UIAA, our distinguished (and honorary) member, Tamotsu Nakamura.
’Tom,’ as he is known to his western friends, is the editor and publisher of the Japanese Alpine News, an English language publication containing accounts of scientific matters pertinent to mountaineering, as well as accounts of Japanese climbs.
His election would signify the UIAA’s interest in Asian alpinists, as well as bring into our discussions, a most useful member.
do I need to do?
Bill

●Fw: UIAA Honorary Membership Fw: Tom Nakamura  上原 利夫(昭和33年卒)
   ******2014年6月11日のHUHACメールから転載
中村保様
UIAA名誉会員おめでとうございます。
長年の弛まぬ努力が国際的に評価されたのは、
当然とはいえ、うれしいことです。

●RE:Fw: UIAA Honorary Membership Fw: Tom Nakamura  竹中 彰(昭和39年卒)
   ******2014年6月11日のHUHACメールから転載
中村 保 様
何時も海外登山界のホットニュースをHUHACに転送頂き有難うございます。
この度UIAAA名誉会員に推薦されるとのことおめでとうございます。
毎年のチベットの東への踏査行、JAN編集としての業績が高く評価された結果と
考えますが、JAN最新号でのエベレスト東面のゴミ汚染記事など環境問題への
目配りなども高い評価を受けているのではと愚考します。
これまでの数々の栄誉に加えての今回の栄誉にも改めてお祝いを申しあげます。
本年も10/8から南チベットに向われるとのこと、体調管理にご留意の上多くの成果を
挙げられることをお祈り申し上げます。

●UAAA 20th Anniversary アジア山岳連盟20周年  中村 保
  ******2014年11月25日のHUHACメールから転載
アジア山岳連盟UAAA年次総会と創立20周年記念祝賀行事が11月21−24日広島で開催されました。
主宰は日本山岳協会(神埼忠男会長)で広島山岳連盟の協賛です。 
アジア諸国から70名、日本国内から300名の参加をえて、今日的な多岐にわたるプログラムが組まれました。
広島県知事、在日ネパール大使が主賓として招かれました。
横断研からは小野寺斉さん(日本山岳協会常務理事)が総会の準備進行の中心としてかかわり多大の貢献をされました。 
小生は小野寺さんの計らいで出席しました。 
10月に国際山岳連盟UIAAの名誉会員に選ばれた縁で、
ゲストとしてUAAA広島総会の招待されたUIAA会長Frits Vrijlandtさんご夫妻と同席する栄誉に浴しました。 
ネパール山岳協会会長、知日派のAng Tshering Sherpaさん一行が祝賀会を盛り上げてくれました。
 写真を添付します。  



(left)Tom Nakamura(center)Mrs.Vrijlandt(right)Frits Mrijlandt


Delegates from Nepal & Ang Tshering Sherpa

●Re:UAAA 20th Anniversary アジア山岳連盟20周年  竹中 彰(昭和39年卒)
  ******2014年11月25日のHUHACメールから転載
中村 保 様 
改めてUIAA名誉会員選任おめでとうございます。
先ほど郵送されたJAC「山」11月号にも小野寺会員がUIAA総会
の様子を報告していましたが、過去に於いては色々と問題もあった
総会での議案が、今回中村さんに関して「満場一致」で承認されたこと
矢張り業績に文句の付けようがなかったことの証左ですね。
また、広島でのUAAA総会にも出張され、アンツェリンさん等とも友好を
深められたとのことお疲れ様でした。
今回の広島総会については、東京多摩支部の神崎さんが日山協 会長
であり、JACの自然保護全国集会も併せて開催されたので、小生も参加を
考えましたが、土日で石井左右平先輩を偲ぶ会が数馬・蛇の湯温泉で
開催されましたので、広島は失礼して2日間オーション会の皆さん方と奥多摩の
尾根歩きをして来ました。

●Re:UAAA 20th Anniversary アジア山岳連盟20周年  中村 保
  ******2014年11月25日のHUHACメールから転載
竹中 彰 様
折返しのメール有難うございます。 UIAA/UAAAの関係者には感謝しています。
とりわけ、どういうわけか、小生のことを気にいってくれているBill Putnamさん(90歳)のお陰です。 
Billはアリゾナ、フラグスタッフにある有名な天文台、Lowell Obervatoryの館長さん(最近引退)で
アメリカ山岳会の二人の名誉会長の内の一人です。
Billは小生をアメリカ山岳会の名誉会員にも推薦してくれました(2007年)。
Billを小生に紹介してくれたのがNicholas Clinchさん(故・吉沢一郎さんの友人で、
半世紀まえのアンデス登山にさいして貴重な情報を提供してくれた)です。
Clinchさんとは今でも親しく交信しています。 有難い巡り会いです。
石井左右平さんを偲ぶ集いに参加できず申し訳なく思っています


会   報


■2014年10月12日 楽曲『山恋しくて鳳凰三山』の縁、韮崎市長から感謝状
                                   上原 利夫(昭和33年卒)

          ****** 2014年10月23日投稿

 先般10月12日に、韮崎市制施行60周年記念式典が、東京エレクトロン韮崎文化ホールで行われ、そのとき市長から感謝状をいただいた。その趣旨は、楽曲『山恋しくて鳳凰三山』の韮崎市への(無償)提供に尽力し、歌を通じた観光振興に寄与した、というものだった。同じく感謝状をもらった作詞作曲のF子さんと編曲のT子さんは、式典の終わりに、高らかに二重唱を歌い、大勢の参列者から万雷の拍手を得た。ようやくこれで私も任務を果たせた。
 この曲は1986年秋に作られ、勤めていた会社の山の仲間で歌っていた。女子の退職で忘れられた。一昨年2012年の秋、当時よく登った15名が、山岳部長だった私を囲み旧交を温めた。25年ぶりだった。そのとき、この歌が話題になった。是非再現しよう。尾瀬の「夏の思い出」のように、今の山ガールに口ずさまれる情景を私は夢見た。これが同じ思いを持つ多くの人の気持ちに伝わり、今回の感謝状へつながった。縁は異なもの味なものである。

 その一つは、企業OBペンクラブの志村さんの提案である。氏の出身地韮崎に住む実兄が音楽好きで市役所へ働きかけて下さった。市役所から即答はなかったが、フォローの風が吹いてきた。今年、南アルプスは国立公園指定50周年に当たり、ユネスコエコパークに登録された。また、韮崎市の市制施行60周年でもある。しかし何といっても、身近に本命があった。
 韮崎市役所では商工観光課が楽曲関係を担当した。シンガーソングライターのまっちゃん(58歳)を起用して、ギター伴奏による、若者になじむフォークソング調の歌に仕上げた。ピアノ伴奏による二重唱との二本立てのCDを、記念式典の招待者と、市内の小・中学校に配布した。

 式典当日の韮崎は、「武田の里にらさき・ふるさとまつり」で賑わっていた。JR韮崎駅南側の通りは歩行者天国になり、まっちゃんは、特設舞台でギターを抱いて『山恋しくて鳳凰三山』を歌うという。
 毎年4月の第三日曜日に、日本百名山で有名な深田久弥氏を偲ぶ深田祭が、終焉の地である茅が岳麓の深田公園で行われる。『山恋しくて…』は鳳凰三山に向かいながら歌うのに相応しい。来年から深田祭の定番になるだろう。
 感謝状に書かれた「観光振興」は、こうして実現してゆくのだ。 (2014.10.18記)


●楽曲CD表紙



※以下の下線楽曲名をクリックするとその楽曲を聴けます。
 1.ギターVer,[歌:まっちゃん]
 2.コーラスVer,[歌:楠 冨士子/岸本 妙子]
 3.カラオケ(ギター)Ver,
 4.カラオケ(ピアノ)Ver



会   報

■2014年9月8日 ヒマラヤの東山峰地図集が出版されます。 中村 保(昭和33年卒) 
 
 ●日本山岳会創立110周年記念出版事業  中村 保
    ******2014年9月8日のHUHACメールから転載
日本山岳会創立110周年(2015年)記念出版事業としてヒマラヤの東山峰地図集(英語・日本
語)と英文ジャーナル特集号が出版されます。 日本山岳会の担当は「山と渓谷」元編集長の
神長幹雄さんです。
ヒマラヤの東地図集は、今年傘寿を迎える中村の四半世紀に亘る踏査研究の総仕上げで、最後
のライフワークでしょう。竹内康之さんに図版仕上げ、レイアウト、版組、装丁をご担当頂き、
永井剛さんには校正などでご協力頂いています。言わば横断研の数年がかりのプロジェクトで、
日本山岳会・横断研の共著として明年7月に出版予定です。
日本語序文は斎藤惇生さん(元日本山岳会会長、横断研会員)にお願いし、英語の序文はミッ
ク・ファウラーさん(前英国アルパインクラブ会長)です。 内容(前書と目次)と初歩的サ
ンプルpdfを添付します。
英文ジャーナルJapanese Alpine Newsは中村が14年間シングルハンドで手がけてきたもので
(一部池田常道さんのご協力頂いた)、2015年号を創立110周年の記念号とします。

1.ヒマラヤの東地図集(英語・日本語 dual version)
"Mountain Peak Maps "East of the Himalaya-Alps of Tibet & Beyond".
The breadth is to cover Eastern Himalaya (China-Bhutan border, McMahon Line, Tanggula Shan,
Nyaiqentanglha West & East, Kangri Garpo, Deep Gorge Country, West Sichuan Highlands and
Sources of Asian great rivers-Salween, Mekong, Yangtze and Yellow River.
 1. Size of book:菊倍判 304mm x 227mm
 2. English and Japanese dual version
 3. Publisher: Japanese Alpine Club/Hengduan Mountains Club
 4. (1)Overview―English and Japanese each 25 pages
   (2)Map―60 sheets(various size)
   (3)Photo―about 350 to 400 images(various size)
   (4)Total pages―about 200 pages
 5. 予算:700万円

2.英文ジャーナルVol. 16, 2016:過去のベスト・セレクション 10章 plus 2014の記録
記念号なので英語・日本語併記。Japanese Alpine News-Best Selection候補リストを添付
(10章のうちのハイライトはロ―ツェ南壁冬季初登攀)。

下の画像をクリックすると『ヒマラヤの東 山峰地図集』サンプルをダウンロードできます。




【添付資料】以下の資料名をクリックすると当該資料をダウンロードできます。

1.ヒマラヤの東地図集 前書との目次

2.Japanese Alpine News -Selection for Vol. 16 2015
   ベスト・セレクションの候補10点





会   報


■2014年7月1日 一橋大学で富士山講習会が行われました。 
●富士山講習会を終えて  宮武 幸久(昭和45年卒)
      ****** 2014年7月17日投稿

 本年7月1日一橋大学東館1201教室において富士山講習会をおこなった。
 これは創部90周年継続事業の一環として一昨年に続き一般学生を対象に第2回の富士登山(8月24日25日予定)を実施するにあたり、学内での山岳部認知度向上とより富士山を理解してもらうことを目的に、第1回では往きのバス車内で行ったものを今回も佐薙さん(31年卒)にお願いしておこなった。
 当日は16時10分より最初に約30分竹中会長(39年卒)より「趣旨説明」と事務局よりの「富士登山のガイダンス」のあと講演に移り閉館の19時ぎりぎりまで「富士山の自然と世界遺産〜信仰の対象と芸術の源泉」をテーマにパワーポイントを駆使しおこなわれた。
 参集した人(総勢42名内針葉樹会員19名外部者数名他は学生)たちの一部からは「大変良かった、特に信仰の話が興味深かった」とか「富士山に参加したくなった」との話を聞くことができ大変有意義・成功裡に終了することができた。
参集された皆さんに感謝いたします。
**** 1、竹中会長趣旨説明(音声:6分36秒)
     ↑クリックすると音声が聞けます。
2.富士登山参加者のガイダンス(PDF:6頁)
     ↑クリックするとスライドPDFがダウンロードされます。
3.富士山の自然(PDF:81頁)
     ↑クリックするとスライドPDFがダウンロードされます。
4.富士山信仰について(PDF:50頁)
     ↑クリックするとスライドPDFがダウンロードされます。
5.佐薙さんの講演3.4、(音声:2時間21分33秒)
     ↑クリックすると音声が聞けます。
7月1日 16:44
講演(佐薙)
7月1日 16:46
講演(佐薙)
7月1日 16:46
会場風景(後ろから)
7月1日 16:46
会場風景(前から)

●Re: [HUHAC] 富士山講演会のお知らせ  竹中 彰(昭和39年卒)
        ****** 2014年7月9日のHUHACメールより転載

佐薙さん、宮武さん
先日の講演会お疲れ様でした。
小生は途中退席し、立川での会議に向かいましたが当日は数人の東京多摩支部会員の参加を視認しましたが、後日以下のような感想を聞きました。
・私達も富士山に参加できないか?     ・・・・学生対象なのでムリ。
・支部長退席後の佐薙さんのお話が非常に良かった。
何れも支部の女性会員の感想でした。

会   報

■2014年5月17日 新緑の宴の報告   長島 弘賢(一橋大学山岳部 4年)

          
「新緑の宴」報告
開催日;5月17日(土) 
参加者;
OB(敬称略) 
竹中(部室のみ)、小島、本間、小野、佐藤(力)、原(部室のみ)、佐藤(久)、吉川、中村、宮武、西牟田、井草、前神、兵藤、
学生
4年 長島
3年 渡部、高橋、太田、原
2年 辰川、上、大谷、中野、岡田、
1年 鈴木

 17時に部室に集合し、そこから国立駅前の小樽食堂に移動、宴会を行った。(昨年に続き、学内での飲酒禁止の方針に従ったため、部室での宴会は控えることとした)
 当日の13時より、かねてから懸案であった部室の用具の棚卸・整理をOBの皆様の協力のもと、有志の学生で行うこととした。使える用具と使えない用具とを整理して分け、部の備品リストを作成するとともに、部室の清掃を行った。この備品リストをもとに、今後の山行に必要な備品が何であるのかがはっきりさせることができ、今年度の予算編成に役立つ結果となった。昨年度から諸先輩方が取り組んできた山岳部再興において、部内インフラを整備することができた1日であった。
 部室の清掃を終えた17時頃には多くのOBの方が部室に集まった。その間、OBの方から、安全な山行のためのレクチャーを受けることができた。ただ登るだけではなく、天気図や地図を駆使しながら自分たちで安全に山行をするための知識が必要であると痛感した。
 その後部室から移動し、18時より小樽食堂での新緑の宴を開始した。
 去年に比べ、より多くの学生部員とOBとの間で親交を深めることができたと感じる。それぞれの部員がOBの前で自己紹介をし、出身高校や入部理由、今後の目標等を語った。しかし、当日は小樽食堂が満員御礼のため騒がしかったせいか、声が聞こえない部員も中にはいた。これは次回に向けての改善点であると感じた。
 また、OBの皆様から、自己紹介と担当役職、そして自身の山行の魅力を語って頂いた。ほとんどの部員が山行初心者のため、OBの皆様のお話を通じて、今後の山行をイメージすることができたのではないかと感じた。
 最後に山讃賦の合唱をし、新緑の宴を終えた。
 振替ってみると、司会進行や当日の宴会の式次第を滞りなく務めることができなかった点が今回の反省点である。次回は改善していきたいと感じた。
 最後に、今回の新緑の宴では、多くのOBの皆様だけでなく、多くの学生部員の参加が実現できた。OBと学生が親交を深めている姿を通じて、改めて一橋山岳部の再興を実感できる一日であった。今後はテント山行や雪山山行、沢登り等にチャレンジしていきたいと思う。



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5月17日 17:02
部室にて
(左から)西牟田、太田、小島、原、本間、小野

5月17日 17:02
部室にて
(左から)竹中、長島、上、大谷、吉川

5月17日 18:36
小樽食堂にて
(左から)辰川、原、中野、岡田
**

5月17日 18:36
小樽食堂にて
(左から)大谷、鈴木、長島
**

5月17日 19:05
小樽食堂にて
(左から)宮武、佐藤(力)、上、
本間、渡部、井草



会   報

■2014年3月9日 本日、聖蹟桜ヶ丘で中村保さんの講演会が行われました。
                                  竹中 彰(昭和39年卒)

          ****** 2014年3月9日HUHACメールから転載
各位
 本日聖蹟桜ヶ丘駅前の公民館会議室で中村保さんの「ヒマラヤの東」の講演会が行われ、出席しました。この会は多摩市国際交流センター(西村前JAC副会長が理事長)主催で、聴衆約880名と盛会でした。
 内容は中村保さんの長年の踏査活動で撮りためたスライドを映写しながらの講演であった。
対象が一般の方であったことに配慮され、山の写真は極力絞られ(梅里雪山など)、一般民衆の姿が多く取上げられ、アジア主要大河の源流部、四川の仏教学院、鳥葬の寺、樹葬の様子など珍しい写真が多く、講演後の質問も、樹葬について、入域が益々難しくなっているチベット辺境の様子、食べ物、飲み物について、チベット仏教と日本仏教の相違、等活発に出ていました。
 終了後、駅傍の居酒屋で、西村、高原、今村等の元・現JAC理事を交えて、中村保さんが作成した踏査地域の地図の公刊(JAC110周年記念事業にも合わせて)やJACの運営などを肴に懇談しました。中村さん最後までお付き合い頂き御疲れ様でした。有り難うございました。

●Re: [HUHAC]  本日、聖蹟桜ヶ丘で中村保さんの講演会が行われました。
                                  中村 保(昭和33年卒)
          ****** 2013年3月10日のHUHACメールより転載
竹中 彰 様
昨日はお越しただき有難うございます。メール配信深謝します。今回ほど多岐にわたる質問があったのは初めてです。講師とて嬉しいことでした。
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会   報

■2013年11月30日 M(守屋益男)山岳図書館を訪問しました。 中村 雅明(昭和43年卒)

■2013年11月30日 M(守屋益男)山岳図書館を訪問しました。 金子 晴彦(昭和46年卒) 


 図書幹事の中村は金子晴彦会員(昭和46年卒)が移住先の矢掛で知遇を得た守屋益男氏の私設図書館(M山岳図書館)を金子さんの案内で訪問しました。

●訪問の経緯(意図) 中村 雅明(昭和43年卒)
     ****** 2014年1月20日投稿
 会員蔵書の寄贈先として2009年5月に南アルプス芦安山岳館に「針葉樹文庫」が開設されましたが、専用書架は満杯でこれ以上会員蔵書を収納する余地は殆どありません。
そこで中村は図書幹事の責務としてとしてかねてより会員所蔵山岳書の受け入れ先を探していました。なかなか見つからず年月が過ぎていましたが、昨年4月に岡山に移住して間もない金子さんが朝日新聞岡山版に載った「山岳「学びの場」完成」と題するM山岳図書館の記事を中村に送ってくれました。2人とも「なかなかいい話」と共通認識を持ちましたが、すぐフォローすることなく忘れていました。この話が急浮上したのは偶然&金子さんの地元へ溶け込む行動力の賜物でした。矢掛の山の地図作りの為の調査作業のリーダーが守屋氏で、10月30日にその調査作業に参加した金子さんが守屋氏と直に話す機会があり、守屋氏ご本人とのコンタクトが可能となりました。
<守屋益男氏の略歴>
  @1935年、岡山市生まれ
  A日本勤労者山岳連盟顧問、山陽カルチャーマウンテンクラブ顧問
  B国内では県内から中四国の主な山、日本百名山すべてに登頂
  C海外ではモンブラン他の高峰に登山隊長として登頂。1994年に登山総隊長として
    天山・カシカール峰(6437m)に初登頂した。
  D「岡山の山百選」他著書多数
  E次男の二郎氏と共に「登山詳細図」を作成中。
<「M山岳図書館」開設の趣旨> 同ホームページより
  これまでの50数年に亘る登山活動の中で、登山関係の書籍が、気がつけば約700冊に達していた。
  私が居なくなれば、それらが散逸しまうおそれがある。
  そこで、その書籍を基に、私と同じような境遇の登山家仲間の方たちから山岳図書を寄贈して頂き、
  集大成した「山岳図書館をつくり、一般の登山愛好家に方たちに公開し、閲覧、
  学習して頂き、安全・安心登山の普及にいささかでも役立ちたい。そして、我が国の登山
  文化の発展に寄与したい。
  Mを冠したのはmoriyaのM、mountainのMを掛けたものである。」
  ※M山岳図書館のホームページは『山陽カルチャーマウンテンクラブ』のホームページ
   左下にある「M山岳図書館」ボタンをクリックすると閲覧できます。  *それぞれクリックでHPへリンク可
 <具体的調査事項>
  @図書館の立地(岡山駅からの交通・利便さ)
  A図書館の外観・大きさ
  B図書館の内部設備(書架の形・数)
   ・書架の増設スペースがあるか
  C図書の分類方法
   ・部室蔵書台帳に参考になる 
  D図書の収納状況
  
●岡山市 M山岳図書館 訪問報告 2013、11,30  金子 晴彦(昭和46年卒)
        ****** 2013年12月4投稿(PDF版)
                         全5頁 写真・図表8葉
 (編集前書き)
本稿は11月30日に中村、金子両会員がM山岳図書館を訪問した報告です。
当日の訪問の報告に先だって守屋氏との出会が綴られています。
報告内容は@岡山駅からの交通A図書館内部の構造B書架に収納された図書です。末尾に@朝日新聞岡山版の記事A「M山岳図書館」位置図(交通図)が収録されています。
  
 ↓ 下の画像をクリックして下さい(全文PDFがダウンロードされます)

 「M山岳図書館 2階が図書館」
【所在地】岡山市中区山崎149−20
【電話】086−206−3979


●訪問後の守屋氏との協議 中村 雅明(昭和43年卒)
        ****** 2014年1月20日投稿
 当日の訪問時に山行の為ご不在だった守屋氏に当日対応していただいた奥様へのお礼と訪問のご報告をし、今後のご相談をしました。
 1.書架の増設
   現在の書架は90%埋まっているので、今後の図書増加を考慮して、図書館の北壁面に、
   現在と同程度の書架を増設することを考慮している。工事費の見積り依頼済。来(2014年)春辺りに実施予定(守屋氏)。
 2.図書の送付・受け入れ
  1)図書収納基準は、今のところはっきりしたものはない。ダブリ図書は排除している程度。図書数が増加すればその段階で基準をつくりたい(守屋氏)
  2)図書の寄贈受け入れについては、各個人から直接送付していただければ結構です。
    図書目録等は私が作成します。皆様になるべく御手間を掛けないようにしたいです。
    (守屋氏)
  3)1)、2)に対する中村の回答
    @M山岳図書館へ直接送付するのでなく図書幹事に送付。
     生前寄贈の場合は送付図書の一覧を添付する。
    A図書幹事は針葉樹、針葉樹会報など部室に収納すべき図書を選別し、残りをM山岳図書館に送付
     図書一覧を付けて送付する。
    BM山岳図書館での収納はお任せする。
    C収納図書一覧を頂き、送付元会員に送付する。
    D一橋山岳会のHPの『文庫・蔵書・著作』の「M山岳図書館収録図書」に追加する。
3.今後の取り進め
   @M山岳図書館の会員への紹介(本稿がその第1歩)
   A所有山岳図書の寄贈意思と時期の確認(HAHUCメール、会報等)

▼画像をクリックすると大きくご覧になれます。

2階書架

2階(書架の右側の壁面)

会   報


■2013年11月3日 月見の宴(含む「とり天」出店)の報告
 
           小宮山尚与志(商学部4年) 原 萌子(社会学部2年)

出席者OB [上原]、三井、遠藤、竹中、本間、小島、佐藤(力)、[高崎(俊)]、佐藤(久)、原中村(雅)、宮武、井草、松田、古田(敬称略)
学生 (4年) 小宮山、町田、峯 (3年)伊藤、長島、吉川 (2年)原、菊田、[高橋]
[ ]は部室での歓談のみ参加 

 一橋祭の中日の3日、月見の宴を開催した。今年は部員数が増えた事もあり、「部の知名度向上」、「新入部員獲得」を目指し、山岳部は一橋祭に「とり天」の出店を出店。大分県出身である峯の提案で決定した大分県名物の「とり天」は味の評判も良く、それぞれの部員が自分の役割を全うした結果、わずかながら利益を上げる事ができた。なにより、部員の普段とは違う一面を互いに見る事ができ、学祭への出店は成功だったのではないかと考えている。
今年もキャンパス内での飲酒が禁止されていたので、1時間ほど部室で現役部員・OBで「とり天」を肴に歓談を行った後、国立駅前の居酒屋へ移動し月見の宴を行った。
 今年の月見の宴はOB13人、現役部員8名が参加し、私が入部して以来最も参加者の多い会となった。新入部員が多くいた事もあり、初顔合わせとなるOBも多かったのではないだろうか。入部当初はOBの方々が企画してくださった会に私と町田で参加するだけであった月見の宴も、3年が経ち、部員が企画し、多くの現役部員・OBが参加する会になったという事は感慨深いものがあった。
 宴会はOB・現役部員間の会話も弾み、会の途中では入部を検討していた吉川の入部宣言などもあり、大いに盛り上がった。OBの方々から多くの話を聞く事ができ、新入部員は山岳部の歴史に触れる事ができたのではないだろうか。今後、後輩たちがどの様な部を作っていくのかはわからないが、今回のようなOBと現役部員が交流する場は「山岳部」という存在を成す上で欠かす事ができない。継続していってほしいと思う。

▼画像をクリックすると大きく表示されます。
[撮影]中村(雅)


 11月3日 17:18
部室にて
左から上原、竹中、宮武、
本間、原

11月3日 17:40
部室にて
左から原、佐藤(久)、小島、
長島、伊藤、吉川、菊田、原

11月3日 17:40
部室にて
左から吉川、菊田、原、
上原、竹中

 11月3日 19:26
小樽食堂にて
左から原、小島、古田

11月3日 19:26
小樽食堂にて
左から宮武、竹中、佐藤(久)

11月3日 19:31
小樽食堂にて
左から伊藤、吉川、長島

●とり天出店あれこれ  原 萌子(社会学部2年)
 ( )内は中村(雅)の質問

@ 店のきっかけ(誰の発案?)
 新学期に入り、新たに菊田、原が入部し、新たに各自役職を持つことになり、私は「企画係」を担当しました。部員も徐々に増える中、部として学校行事等の新しい企画に参加するための計画づくりやその実行を担当するための役職で、そのまず第一歩として「一橋祭への参加」を提案しました。一橋内での現在の山岳部の知名度があまり高くないこと、また部員の増加により不足する山の器具の費用を賄うため、という理由で、部員全体で意思統一をし、出店することになりました。

A 場所取り(いい場所が取れたのは? クジ運、早い申し込み、・・・)
 一橋祭の模擬店出展団体には、「優先団体」という団体があります。これは、出店の目的や内容を考慮して一橋祭委員会が、毎年30団体にのみ参加補償金の減額と出店場所の優遇を行ってくれる制度です。
私たち山岳部は、針葉樹会の方々との総会後での部会で、出店の目的等を確認し合い(上記に述べた点)、それに私が後日付け加えをし、(今年初めての出店なので、どうにかして成功させたい、知名度の向上や部費の徴収が切迫している、との内容を必死に訴えました笑)、見事優先団体に選ばれました。(新しく参加する団体が選ばれるのは珍しいことかもしれません…)

B 準備の苦労(誰が料理の仕方知っていた、教えた)
 一番苦労した点は準備段階だと思います。メンバーが50人ほどいる他の大きなサークル等は、一年生だけで企画・運営するところもあるものの、山岳部で参加できる人数はかなり限られたものでした。また、初めての参加であったため、私自身「何を準備したらいいのか」ということが明確にわからず、看板作りから仕込み、机やいす・器具の申請、さらにお釣りの両替など、何をすればよいのか考えるところから始めなければならないことが大変でした。
一橋祭一週間前の日曜日に試作を峯さんの家で行い、そこから当日までは部長の小宮山さん、町田さんとともに机や器具の受け取りや買い出しなどの確認を行いました。一橋祭前日、なかなか人が集まらず、小宮山さん、町田さん、私の三人で準備することになりました。机や椅子、テントの設置等は小宮山さんと町田さんが担当してくださり、その後のパットなどの器具の買い出し、食料の買い出しと仕込みをお二人でしてくださるとのことだったので、私はその他の買い出し含め、山岳部のPOP(値段やメニュー表示)づくりをしました。
   一日目の朝、小宮山さんと町田さんは仕込みの続き、長島さんは油の買い出しや仕込んだものの運搬、調理をしていただき、私はテント内外の準備をしました。初めてなので手間取ったこともあり、売り始めが多少遅れてしまいましたが、無事一日目を終了。二日目は午前中からの開催であったこともあってか、なかなか好調な売出しでした。部員で声を出して売り込み、キャンパス内を歩き売りしたりなどしました。針葉樹会の方々にもブースにお越しいただき、とり天を買っていただいたり声をかけていただいたりなどして、大変感謝しております。追加の仕込み等はすべて部長の小宮山さんが引き受けてくれ、他のメンバーで調理や売り込みを協力し合いました。
   最終日の片づけは小宮山さん、町田さん、長島さん、私の四人で、器具の返却やテントの片づけなどを行いました。今まで模擬店を出店する側にいなかったため、そうした一連の流れを知ることができとても良い経験になりました。また部員同士の結束力が強くなったとともに、先輩方や同期のメンバーが一致団結して協力してくださり、本当にありがたく、出店して良かったと実感しております。

C 成果(どれだけ売れたか。来店者・・・)
   個数のカウントが途中でわからなくなってしまい、正確な数はわからないのですが、大体400個くらいだろうと見積もっております。

D 収支(差支えなかったら公表して下さい)
   総売り上げ:102900円
   支出:参加保証金5000円、模擬店運営費(ごみ処理費等含む)10000円、フライヤー12000円、ガズボンべ6000円、他器具や容器、食材等の諸経費約20000円   

E 上原先輩の寄付(大量買い付けは幾らですか) <−− これは是非教えて!
10000円いただきました…。本当にありがとうございます。

F 来年どうしますか
来年もぜひ出店したいです!詳しい日程はまた来年の一橋祭委員が決めると思うのですが、11月の最初の週の土日とその前後だと思います。

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 [撮影] 左:原 中:中村(雅) 右:中村(雅)

11月3日
兼松講堂前にて
「とり天」を作る器具と
出来上がった「とり天」
11月3日 16:30
兼松講堂前にて
左から原、峯(後ろ向き)
11月3日 16:30
兼松講堂前にて
左から高橋、峯


会   報


■2013年9月23日  芦安での登山路整備作業のご報告  小島 和人(昭和40年卒)

          ******2013年9月13日 HUHACメールより転載

 9月21日、22日、芦安登山道整備が予定通り実施されました。両日とも15−6名が参加して檜尾峠―高谷山間の従来からの登山道の改善に集中して作業し、昨年不評だった同区間に階段、梯子、ロープなど整備され、歩き易い登山道になりました。

 これで【夜叉神登山口⇒夜叉神峠⇒高谷山⇒檜尾峠⇒芦安トンネル東口】の周回路が整備されたことになります。今回作業中にも高谷山から下山してきてトンネル東口に降りる登山者に出合いました。昨年はなかったことです。冬期にもこのルートが利用されたケースもあったと芦安ファンクラブで言っていました。

 是非会員の皆様も一度誘い合わせてお出かけください。朝東京を発って甲府からバスで夜叉神登山口に向かいこの周回路を使い白根三山を中心とする南アルプスの眺望を楽しんで芦安に下山し白雲荘などで湯につかり一泊して帰るなどお仲間内の懇親に最適かと思います。夜叉神登山口⇒夜叉神峠⇒高谷山は大変整備された山道ですが、高谷山⇒檜尾峠⇒トンネル東口は山道らしい急峻さも残されていて、前半後半の変化も楽しい山歩きになります。会社のお仲間にもご紹介ください。


 作業の概要は以下の通りです。
1. 参加者 一橋山岳会から、本間、小島、高崎(俊)、佐藤(力)、岡田、宮武、井草のOBと小宮山、伊藤の部員の9名が両日参加、芦安ファンクラブから21日3名22日2名、富士通アイネットワークシステムズから21日6名22日5名が参加。
2.作業
21日 午前8時半山岳館前に集合。昨年の資材の残り(丸太30本が中心)と本年購入した鉄杭など総計250Kgの資材を檜尾峠に歩荷。檜尾峠のすぐ上から階段つくりなどの作業。午後3時にトンネル東口に帰るまで作業
22日 午前8時半山岳館前集合。檜尾峠に登り作業開始。この日は丸太も使い果たし、ファンクラブの清水専務理事の指導で自然倒木を利用して階段を作りながら高谷山頂上をめざし、途中二つの梯子段を設置、必要箇所にロープも貼りました。この日一段落つけようと全員が頑張って頂上まで登山道が改善されたのは午後3時でした。夜叉神峠経由で下山、登山口で午後4時半に解散。
3.その他
(1)高谷山の山頂が枯れ木など取り除かれ広々しました。檜尾峠への下山口も整備されましたので、「山頂に道標を設置しよう」との提案が出ました。予算の残額を確認の上、ファンクラブと相談して具体化を図ります。
(2)この10か月体調不良であった本間会員が厳しい節制に耐え見事山歩き可能に回復されました。白雲荘で快気祝をしました。
(3)今回現役3年の伊藤君が初めて参加され大変強い体力を披露しました。頼もしい限りです。10月18日のOBとの合同懇親山行に参加するそうです。小宮山リーダーが熱心に指導しています。今後に期待しましょう。

以上報告 小島

▼画像をクリックすると大きく表示されます。
テラス横断 崩壊したテラスを
桧尾峠で 今日の作業終了 連絡を取り合う
宮武さん 本間さん 佐藤(力)さん
高崎(俊)さん 小宮山さん(4年) 伊藤さん(3年)
高谷山山頂で 背負子への荷造り方法教室
(清水さん)
富士通の方々
長老と若者 高谷山にて 高谷山にて

会   報

■2013年5月29日 Re: Japanese Alpine News and Centenary & 梅棹忠夫賞

                中村 保(昭和33年卒)
****** 2013年5月29日HUHACメールから抜粋

 (略) 昨日は「第2回 梅棹忠夫 山と探検文学賞」授賞式が長野でありました。 下記は審査員のお1人、江本嘉伸さんの横断研ニュースへの配信です。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 昨日5月28日午後、長野市の長野駅前の書店、平安堂長野店内の会場で第二回梅棹忠夫・山と探検文学賞の授賞式が行われ、受賞者の中村保さんに賞状と賞金が授与されました。受賞作は東京新聞刊の『最後の辺境 チベットのアルプス』です。
梅棹忠夫・山と探検文学賞委員会の小山修三委員長(千里文化財団理事長)以下、長野県、大町市代表、選考委員、京都大学探検部OB会、同学士山岳会、信濃毎日新聞社、山と渓谷社、平安堂関係者、梅棹忠夫さんご子息の梅棹マヤオ夫らが参加し、小規模ながら温かく、親しみのこもったいい会でした。
中村保さん、あらためておめでとうございます。東チベット・メコン源流域の未踏の氷河と山の踏査(6月6日ー7月上旬)の旅、お元気でお出かけ下さい。
なお、第1回の受賞者は『空白の5マイル』を書いた角幡唯介さんです。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



受賞式



受賞式

●Re: 信毎の記事 竹中 彰(昭和39年)
          ****** 2013年5月30日のHUHACメールより転載

 中村保さま
改めて梅棹賞受賞のお慶びを申し上げます。
信毎の記事で、「探険ひつまぶし論」を拝見し、何時までも元気にひつまぶしを味わって頂くことをお祈り申上げます。

●Re: 信毎の記事 竹中 彰(昭和39年)
          ****** 2013年5月30日のHUHACメールより転載
 
 竹中 彰 様
メール有難うございます。 授賞式の挨拶で、「ひつまぶし」の他に、梅棹さんの名著『文明の生態史観』のユニークな歴史観に如何に深い感銘を受けたかを話しましたが、こちらは新聞記事ではカットされました。 「一路平安」(中国語)で出かけます。


会   報

■2013年5月24〜25日 第8回三四郎会総会が伊東温泉で行われました。
               ****** 2013年6月7日投稿

1.月日;2013年5月24日(金)〜25日(土)
2.場所;伊東温泉「遊心楼」
3.参加メンバー:15名:高橋(38)、蛭川(39)、小島(40)、坂井(40)、半場(40)、小野(40)、
   佐藤(力)(40)、高崎(41)、原(41)、佐藤(久)(41)、岡田(42)、齋藤(42)、吉川(42)、吉沢(42)、
   中村(43:幹事)   ( )内は卒年(昭和)    

 2006年3月4日に初めて(三四郎会の名前の由来)開催された三四郎会は今年8回目を迎えました。昨年は「夜叉神峠周辺の登山道」の初歩き会・祝賀会を兼ねて拡大三四郎会として開催されましたが、今年は従来の初日総会・宴会、二次会、翌日の登山等の延長戦の形式に戻しました。場所は交通便利な伊東温泉、延長戦は万二郎岳〜万三郎岳、伊豆城ケ崎ウォーキング、大室山(シャボテン公園)観光の3コースで参加を募りました。参加者は昨年と同じ15名。延長戦は万二郎岳〜万三郎岳の1コース6名のみでした。三四郎会も年を経るに従って顔触れが変わってきました。会の主軸年次のトーチン会(39年卒)は常連の竹中さん、本間さんが欠席、蛭川さん1人の淋しさでしたが、クレージー会(40年卒)が5名、穂橋会(41年卒)が3名、42年卒が4名と40〜42年卒が主軸の三四郎会となりました。

●5月24日(金)
伊東駅から徒歩約15分の“遊心楼”に三々五々集合し、18:30より夕食を兼ねた総会(宴会)を始めました。幹事の中村より不参加の皆さんからのメッセージを伝え、来年の幹事は42年卒組であることを発表しました。高橋さんの乾杯の後、“海の幸満載コース”の料理(ズワイ蟹、金目、伊勢海老鬼ガラ焼き等)が一段落したところで、順番に近況報告を行いました。
登山(海外、雪の八ケ岳)、東海道歩き、親の介護、可愛い孫、新緑の宴、三四郎会の今後・・・・話題が豊富でアッと言う間に2時間が経ち、お開きの時間になりました。引き続き21時頃から21畳敷きの広い一室に移動して二次会。前半の話題の中心は蛭川さん、半場さん。ウナギ談義、イワナ釣りの極意、カジカ(河鹿蛙)とカジカ(鰍)の話で盛り上がった頃合いに、酒田出身の佐藤(力)さんから山形県の代表的民謡“庄内おばこ”が飛び出しました。その美声と岡田さんの山形訛りの歌詞の標準語解説が大受しました。後半の話題は来年の三四郎会の開催場所。来年度の幹事の一人で青森の三沢で勤務したことがある岡田さんがお馴染みの青森が浮上し、白神、八甲田、・・・と候補が上がった後、岩木山で衆議一決しました。時期は5〜6月、宿は・・・話題は尽きません。夜もふけた23:30二次会を終了しました。ここ数年、酒量が激減してきましたが、今年は話題が盛り上がった為か酒量も戻りました。来年度の遠地岩木山での開催の新機軸と相俟って心強い限りです。
●5月25日(土)
 登山組(小島、坂井、半場、佐藤(力)、岡田、中村)の出発に合わせて通常より早い7:20から朝食。朝食後、全員で記念撮影し、8:00に解散しました。登山組は8:10、2台の車に分乗し、天城高原ゴルフ場登山口に向けて出発しました。登山の模様は『国内山行報告』に掲載されています。


 5月25日 7:55(カメラ:岡田) 遊心楼にて朝食後全員で
    (後列左から)齊藤、吉沢、高崎、原、中村、吉川、佐藤(久)
(前列左から)岡田、佐藤(力)、小島、高橋、蛭川、坂井、小野、半場

会   報

■2013年5月18日 新緑の宴の報告 前神 直樹(昭和51年卒)
          ****** 2013年6月14日HUHACメールより転載

5月18日 新緑の宴を開催
参加者
OB  竹中、佐藤(力)、佐藤(久)、宮武、井草、兵藤、松田、川名、前神(記)
学生 小宮山(4年)、町田(4年)、峯(4年)、伊東(3年)、
   原(2年)、菊田(国立音大2年)、高橋(東京女子大2年)

 大学の学内での飲酒禁止方針に従い、ことしは部室に集合してそこから国立駅前の飲み屋に移動、宴会をおこなった。
上記7名の学生が集まり、久しぶりに多くの部員(全員が入部を決めたわけではないが)を見た気がする。このほかに興味を持っている一年がいるとか、3/4年の部員が2人いるので全員が入部すれば10人となり、立派な部になると期待をもった。
 この宴も3/4年前は学生がお客さん状態だったが、今年辺りからは学生が段取りしてやるようになり、本来の姿に戻ってきている。こうした宴会に出席するOBもだんだん顔触れが固定してきた感があるが、今回学生の参加が多かったので新鮮な感じを受ける。特に出席した学生7名の内、3名が女子学生なので一段と華やいだ宴席となった。
 いろいろ聞いてみると高校時代に山岳部を経験した人はいないようだが、親がアウトドアが好きで大学では自然と付き合うのもいいかな、と思っている人もいた。OB側からは山岳部の良さを各人の経験からあの手この手で説明したが、就職でも有利になるという話が一番効果があったかも知れない。
 今後の活動はハイキングの延長のような形になるのかもしれないが、どんな形であれ山が好きという学生が1人でも増えればそれがベストとおもう。より高みに、より困難に、という話もOBから出したが、現在はその前段階ということなのでしょう。現在は4年生が4人いて全員就職が内定しているので、これからガンガン山登りをやってくれればいいな、と強く追った次第。

会   報

■2013年5月12日 故中村慎一郎君の大谷原追悼行が行われました。

         藤原 朋信(昭和44年卒) 金子 晴彦(昭和46年卒)

●追悼行 藤原 朋信(昭和44年卒)
        *********** 2013年5月26日投稿
○企画 経緯
昨年12月、湯河原幕岩でのクライミング帰りに大船で下車して、俵と忘年会をした際、慎一郎の50回忌の話になりました。45年たった今でも気にかけている俵の思いに胸が熱くなりましたが4年後に誰がいけるのかな?との冷めた思いもありその場では話だけで終えました。
今年に入り中村さんと陽だまりハイキングの帰りに慎一郎追悼の話に及びました。
慎一郎入部時のリーダーでもある(昨年ホワイトセールで遭難した3人の追悼トレッキングにも参加した針葉樹会きっての慰霊碑訪問者でもあります)中村さんから是非やろうとの後押しがあり、また中村さんを通じて話が伝わった宮武からは、早速実施に向け打ち合わせをやろうとのメールです。どうせなら皆が元気な今年(それも5月に)に繰り上げ実施することで俵の同意も得て、当時の山岳部員で現在針葉樹会員在籍者8人に声をかけたところ、なんと全員参加との返信です。それでも1〜2人の欠席はあると予想していましたが、5月11日に全員万障繰り合わせてアダージョに集結しました。改めて一橋山岳部の結束の強さに驚かされました。

○追悼行事
金子さんが追悼行の模様を、まとめてくれました(彼の名作の中でも白眉といって過言ではない出来です)。追悼は 花束 線香 水 を供え 全員で山讃賦を献歌しました。
心残りは慰霊碑への道が消滅して慰霊碑が見つけられなかったことです。多分慎一郎がもう一度おいでと言ってるのでしょうから、4年後の50年目に再訪して見つけたいと思います。
それにしても天気は最高、人生に一区切りついた良い追悼行でした。
.
●故中村慎一郎君 大谷原追悼行アルバム  金子 晴彦(昭和46年卒)
         *********** 2013年5月20日投稿

※下の画像をクリックするとPDF版がダウンロードされます。 全15頁 写真30葉

 1頁 追悼行まえがき(企画、メンバー再会)


 9頁 参加者全員で山讃賦合唱

会   報

■2013年4月 『如水会々報』2013年4月号の「セピアの世界から」に一橋山岳部の記事が掲載されました。

●『三月会報告』2013年3月18日開催より抜粋            

▽先月も話題になりましたが、「如水会々報」では、今年「セピアの世界から」という写真1ページものの特集を組んでいます。4月号で紹介される「一橋山岳部」の写真3枚の選定に苦労しました。結局、会報編集部の意向も取り入れ、Cカンテを登る山田(亮)さんの姿を大塚さんが撮影された北穂高岳滝谷第4尾根厳冬期初登攀(昭和14年12月)の様子、新部室の外観、に加えて、昭和40年春の合宿(岳沢一周と明神東面の雪稜登攀)最終日の集合写真(S42年卒岡田さん提供)になりました。(高崎 俊平)


  『『如水会々報』2013年4月号』から転載

会   報

■2009年4月15日 梅棹忠夫・山と探検文学賞と「チベットのアルプス地図集」中村 保(昭和33年卒)

          ****** 2013年4月15日HUHACメールから転載

 第2回 梅棹忠夫・山と探検文学賞が『山と渓谷』『岳人』5月号で紹介されましたので 添付送信します。 
それぞれの記事の末尾に次の新しいプロジェクトとして「チベットのアルブスと辺境地図集」(英・日・中三ヶ国語)が触れられています。 B4サイズで概説・地図・写真各50頁、計150頁の構成です。 地図・写真はオールカラー, 写真は内外の登山家、写真家(四川在住、大川健三さん)の皆様の協力も得ています。
 この地図集は1998年から15年間18回の踏査行を共にした盟友永井剛さんのと共著で、作図は竹内康之さん、中国語訳は松山峰子さんにご担当頂いています。 来春/夏に日本山岳会/横断山脈研究会の名で出版していと考えています。
(編集注)両誌に先立って『信濃毎日新聞』に当該受賞の記事が掲載されました。

▼下の画像をクリックすると記事全文PDFをダウンロード出来ます。
** **
『山と渓谷』2013-5月号 『岳人』2013-5月号 『信濃毎日新聞』
2013-3-11朝刊

● 2013年4月25日 中村保さんの梅棹賞受賞の記事です。  竹中 彰(昭和39年卒)
       ****** 2013年4月25日HUHACメールより転載
各位
先般の中村さんの梅棹賞受賞について、日本山岳会会報「山」に永田秀樹さんが紹介文を寄せていますので、高崎(俊)さんが打ち直したものを添付します。
ここをクリックすると本紹介文をダウンロードできます。

編集注)永田様、JACの柏会報編集長様から掲載のご快諾をいただきました。

● 2013年4月25日 RE:中村保さんの梅棹賞受賞の記事です。  中村 保(昭和33年卒)
       ****** 2013年4月25日HUHACメールより転載
竹中さん、高崎(俊)さん
ご配慮有難うございます。 原稿を送ったとき、イタリアのマルタさんとの写真も送信しましたが、掲載されませんでしたので、茲許添付します。 ご笑覧下さい。


イタリアのマルタさんと笑顔で

会   報

■2009年3月13日 第2回梅棹忠夫・山と探検文学賞 中村 保(昭和33年卒)

          ****** 2013年3月13日HUHACメールから転載

 拙書『最後の辺境--チベットのアルプス』(東京新聞社)が 第2回 梅棹忠夫・山と探検文学賞を受賞することになりました。偉大なる先輩の梅棹さんの名前を冠した賞をいただけるのはこの上ない栄誉であり、これからの励みになります。
 今日までの22年間に亘る辺境の踏査は日本山岳会、日本ヒマラヤ協会、横断山脈研究会のベースキャンプがあって初めて継続し得たことです。  
 同賞は世界各地を探検し、独自の文明論を展開した民族学者・文化人類学者である梅棹さんの姿勢を受け継ぐ狙いで、2010年に創設されました。 第1回の受賞作は角幡唯介さんの『空白の五マイル(ツァンポー峡谷踏査)』(集英社)です。 
 第2回は事務局が2011−12年に刊行された本約30点を選定し、小山修三委員長のもと、2度の予備選考を経て進められました。
最終候補作品として:
@『最後の辺境 チベットのアルプス』(中村保著、東京新聞出版局)
A『未踏の南極ドームを探る 内陸雪原の13カ月』(上田豊著、成山堂出版)
B『イエティ ヒマラヤ最後の謎 “雪男”の真実』(根深誠著、山と溪谷社)、
C『梅棹忠夫 未知への限りない情熱』(藍野裕之、山と溪谷社)
D『東日本大震災 津波詳細地図上下』(原口強他)古今書院
  『ふるさと石巻の記憶 空撮3・11その前・その後』(三陸河北新報社)のセット
の5冊にしぼられ、2月25日に行なわれた最終選考によって、フィールドワークの重要性、地図の正確さなどの点から、『最後の辺境 チベットのアルプス』が第2回授賞作品に決定されました。

  【会員からの祝辞】 発信順
●Re: [HUHAC] 第2回 梅棹忠夫・山と探検文学賞受賞 上原 利夫(昭和33年卒)
          ****** 2013年3月13日のHUHACメールより転載
T中さん 上原です。
素晴らしい朗報です。おめでとうございます。
チベットを扱った倉知論文も読みつつあります。
チベットに対する関心が益々深まりつつあります。

●Re: [HUHAC] 第2回 梅棹忠夫・山と探検文学賞受賞 丸子 博之(昭和35年卒)
          ****** 2013年3月13日のHUHACメールより転載
中村 保様
内外多くの栄誉あるご受賞・名誉会員に列せられた事に加え、此の度の「梅棹探検文学賞」誠におめでとうございます。文化人類学分野においても梅棹氏のレベル、学術的に極めて高い評価を受けられたこと、一橋山岳部にとり大きな誇りです。重ねて心からお慶び申し上げます。

●Re: [HUHAC] 第2回 梅棹忠夫・山と探検文学賞受賞 岡田 健志(昭和42年卒)
          ****** 2013年3月13日のHUHACメールより転載
<中村 保様>
第2回梅棹忠夫・山と探検文学賞の受賞、大変おめでとうございます。
そんな立派な方の文章を「針葉樹15号」に載せることができたことについて、
改めて、心から御礼申し上げます。

●Re: [HUHAC] 第2回 梅棹忠夫・山と探検文学賞受賞 竹中 彰(昭和39年卒)
          ****** 2013年3月13日のHUHACメールより転載
中村保 様
この度の梅棹忠夫・山と探険文学賞受賞決定おめでとうございます。
20年以上に亘って続けてこられたパイオニアワークの完結編に与えられた大きな賞ですね。
この賞の共催者がヤマケイ、信毎にも拘らず、謂わばライバル関係にある東京新聞から出版されたご著書が選定されたのはやはり内容が第一で選ばれたと納得させられるものです。
選者のお一人に、江本さんがおられるのは奇遇と言うか力になったかもと、外野の勝手な想像です。
今回業績を纏めたご著書を対象に賞が授与されるということは、従来の中村さん個人に対する各種の栄誉とはまた一味違った栄誉であると思われます。これからの英語バージョンの出版でまた、どんな評価が出てくるか楽しみですね。
本当におめでとうございました。

●Re: [HUHAC] 第2回 梅棹忠夫・山と探検文学賞受賞 有賀 盈(昭和36年卒)
          ****** 2013年3月13日のHUHACメールより転載
中村保様
 第2回 梅棹忠夫・山と探検文学賞の受賞おめでとうございます。
11日付信濃毎日新聞に中村さんの顔写真と表紙の写真入りでくわしく報道されて
いるのに今日気づきました。
 
●Re: [HUHAC] 第2回 梅棹忠夫・山と探検文学賞受賞 丸山 則二(昭和33年卒)
          ****** 2013年3月16日のHUHACメールより転載
中村 保様
素晴らしい受賞おめでとうございます。数ある候補の中から国内で貴兄の著書が認められたことには大きな意義があると考えます。これからも国内でのますますの評価が定着していくことと期待します。

会   報

■2012年11月28日 『山梨日々新聞』2012年11月28日朝刊に「夜叉神峠周回路」の記事が掲載されました。

 11月28日の『山梨日々新聞』に「夜叉神峠の林道復元 一橋山岳部OB会、南アに“恩返し整備”」記事が掲載されました。
 一橋山岳部と芦安との関わり(小谷部さんらの北岳バットレス登攀、芦安山岳館との交流)、整備したルート、本間さん、清水さん、塩沢さんの談話が紹介されています。
※記事画像をクリックするとA4版の記事がダウンロードできます。

会   報

■2012年11月15日 『岳人』2012年12月号−TOPICSに「夜叉神峠周回路」の記事が掲載されました。

 11月15日に発売された『岳人』2012年12月号の「TOPICS」に、宗像さん(平成12年卒)文・写真による「夜叉神峠東桧尾峠への旧道復活」記事が掲載されました。
一橋山岳部創部90周年記念事業としての芦安登山道整備が、きっかけとなった針葉樹文庫、山岳館との関連で紹介されています。

※記事画像をクリックするとA4版の記事がダウンロードできます。

会   報

■2012年11月3日 月見の宴が開催されました。 竹中 彰(昭和39年卒)

     ****** 2012年11月4日投稿

 昨日恒例の月見の宴がささやかに行なわれました。
暗くて良く分かりませんでしたが、事前の部室周囲の草刈ご苦労様でした。
月見の宴は、学校当局、一橋祭委員会の厳しい規制の目でキャンパス内アルコール厳禁が徹底し、例年のような盛り上がりには欠けましたが、現役部員も小宮山部長、町田さん、川尻さんの参加で(終り近くに2年の細川さんも)、OBとの話し合いも出来て有意義だったと思います。来年の新入生勧誘についても力強い言葉があり、頼もしく感じました。また、山讃賦の指導も少し出来たと思います。参加の佐藤(力)さん、前神さん、宮武さん、井草さんお疲れ様でした。
・・・(略)・・・
前神学生担当幹事は、一橋祭の時期を外して過去のような「宴」を行ないたい意向のようですが、時期に拘わらず、今後とも学内の飲酒については厳しい対応が考えられます。
来年春の新緑の宴についても、今後の学校側の対応を注視しながら検討する必要があります。
(2012.11.4記)

●Re. 月見の宴が開催されました。 三井 博(昭和37年卒)
     ****** 2012年11月4日のHUHACメールより転載
竹中様、皆様
 月見の宴お疲れ様でした。
今後の方向については、部室では食事会、情報連絡会とし、時間を早めて退去し、国立駅周辺で飲み会としてはいかがでしょうか。私見ですが。

●Re. 月見の宴が開催されました。 前神 直樹(昭和51年卒)
     ****** 2012年11月5日のHUHACメールより転載
竹中会長殿
先週は部室までありがとうございました。
・・・(略)・・・
来年からの宴は考えます。部室での開催はこれが出来るからこそ山岳部という非常に特徴的なもので、外でやるとなると意味が半減してしまします。しかしこのことで活動停止になれば何をやったのかわからなくなりますし、学生ともよく相談するようにしましょう。
皆様から頂いた様々なご意見参考にさせて戴きます。

会   報

■2012年10月27日 夜叉神峠周回路「初歩き会」が行われました。

 創部90周年記念事業の一つ「夜叉神峠周回路」の初年度復旧・修復工事が終わり、その「初歩き会」が
 10月27日に行われました。
 その模様は『国内山行報告』の「夜叉神峠周回路検分山行(竹中 彰)」をご覧下さい。
 それに先立って、10月21日に今年度の締め締め括り工事が行われました。

●登山道整備工事報告 本間 浩(昭和39年卒)
   ****** 2012年11月20日投稿
1. 日時 平成24年10月21日(日)
2. 区間 夜叉神トンネル東口から檜尾峠
3. 参加者 小島 高崎(俊) 齋藤 宮武 井草 宗像 峰 本間  以上8名
4. 内容 これまでの工事への追加・補修ー登山道拡幅・谷側ロープ張り・展望地の階段土留めーを行い、取りあえず今年度工事の締めとする。
登山道としては整備されたと思うが、今後予想される風・雨・雪の影響をみて、来年手直しが必要となるかもしれない。
※後日、小島さんの呼びかけに対応して初歩き会の参加者から感想・ご意見が寄せられました。
以下にこれらのメールを発信順に掲載します。

●RE:拡大三四郎会&芦安初歩き会  小島 和人(昭40年卒)
   ****** 2012年10月28日 参加者宛メールより抜粋
皆様
ご苦労様でした。多数のご参加有難うございました。
締めの会で針葉樹会の団結を示せて何よりでした。
皆さんの印象が確かなうちに登山口⇒夜叉神峠⇒高谷山⇒檜尾峠⇒登山口の周回路についての感想ご意見をお寄せいただけませんか?
周回路全体と今回の 修復部分とについてお聞きしたいのですが。。。
最終報告書を本間さんが纏める時の参考にしたいと思います。

●RE:拡大三四郎会&芦安初歩き会  上原 利夫(昭33年卒)
   ****** 2012年10月29日 7:27 参加者宛メールより転載
本間さん 小島さん
今回の記念事業にあたり、終始リーダーシップをとり、地元の協力を得て、完成されたこと、感謝します。
ここで、新しい山岳部の出発も先が見えてきました。
・私の感想は、今回歩いた逆コースの方が安全で、膝にもよいように思います。みなさん、一度トライしてみてください。
・登山口と檜尾峠の中間に、この間の登り降りの所要時間を示す道標があれば、よいと思います。
・檜尾峠と高谷山の急こう配の箇所にロープを張ることも検討してみては、どうですか。
・年に一回、(11月1日?)に反省登山会を企画するのも関係者の絆を保つのに有効と思います。

●RE:拡大三四郎会&芦安初歩き会  三井 博(昭37年卒) 
   ****** 2012年10月29日 11:35 参加者宛メールより転載
小島さん、本間さん、高崎さんほか皆様
 周回登山路について感じたことを述べます。
高谷山までは既存の登山路ですが、標高の高い高谷山のほうが、樹木が群生し、展望が殆ど得られないことがわかりました。いかんともしがたいですが、なんとか一部でも伐採できれば楽しい山になると思います。高谷山〜桧尾峠の道は思ったよりも急で滑りやすいところもあり、危険を感じるところもありました。今回のようなベテランのパーテイでは問題がありませんが、一般のハイカーにはお勧めしずらいです。上原先輩のおっしゃるように、杭、ロープ、ハシゴ、鎖、階段など適度に整備していけば安全な登山路、下山路になると思います。地元の意見とすり合わせて、次年度以降の計画を作る必要性を感じました。
 桧尾峠〜東口登山口間は修復事業が完成していて大変歩きやすい道となりました。

●RE:拡大三四郎会&芦安初歩き会  竹中 彰(昭39年卒)  
   ****** 2012年10月29日 11:44 参加者宛メールより転載
高崎さん、本間さん、小島さん、ご参加の皆さん
高崎さんには三四郎会幹事として色々と準備頂き、本間さん、小島さんには作業を含めて夜叉神峠周回路検分、謝恩会まで全面的に仕切って頂き、盛会裡に終了、お世話になり有難うございました。
初めてルートを歩かせて貰い、お蔭様で整備した部分は問題なく歩けました。しかし、高谷山から檜尾峠までは難路で、現状では一般の人に勧めるには難があると思われます。天候次第では滑落の危険が余りにも大きいのではないかと思われます。せめて要所にシッカリしたロープを張り、案内看板も整備することがJ必要と思われます。
・・・(後略)

●RE:拡大三四郎会&芦安初歩き会  川名 真理(昭63年卒)  
   ****** 2012年10月30日 10:24 参加者宛メールより転載
高崎さま
小島さま
本間さま
みなさま
・・・(略)・・・
芦安では大変お世話になりました。
登山道整備に関われませんでしたが、先輩方のご尽力の結実である登山道を歩き、祝賀の場に同席させていただくことができて、その意義を深く心に刻むことができました。
地元の方との協働作業が、先輩方の熱意によってとてもうまく進んだことが、参加してよくわかりました。すばらしい事業であることを再認識しました。
登山道を歩いての感想は、夜叉神峠までの道がとても歩きやすかっただけに、みなさまご指摘のとおり、夜叉神峠〜高谷山〜檜尾峠は現状では、一般登山道にするのは厳しいと感じました。
ただ、痩せ尾根だけに左右の林を眺めることができ、木の根や石が組み合わさった「小さな景観」の連続に、趣を感じました。
カンバ平がおすすめの場所であるということですので、夜叉神峠〜カンバ平〜檜尾峠がうまくつながれば、今回整備された道もより生かされるようになり、魅力的なルートになると思いました(主に中村雅明さんの受け売りですが)。
このたびは、本当にありがとうございました。

●RE:拡大三四郎会&芦安初歩き会  宮本 英治(昭39年卒)  
   ****** 2012年10月30日17:45 参加者宛メールより転載
高崎さん、本間さん、小島さん、皆さん
紅葉の木々を眺めながら、夜叉神峠、高谷山、檜尾峠の周回コースを楽しく歩きました。
高谷山へ登る途中に有る、「白峰三山」ビューポイントから曇天に遮られ山を見られず残念。
コースに関しては、皆さんのご指摘の様に、高谷山からの下りは難所有ります。
檜尾峠からトンネル迄は、関係各位のご努力により立派に整備されており、感謝申し上げます。
檜尾峠に有る案内掲示板(芦安ファンクラブ)によると、高谷山から中池を経てカンバ平(展望良好)に至るルートが有り、帰りは、中池まで戻り檜尾峠に出ます。
要するに、高谷山--中池--檜尾峠を結ぶ三角形のルートが記入されてます。
このルートの難易度、所要時間等を調べて利用の可否を検討下さい。
もし上記ルートを利用しない場合でも、カンバ平へ行き、南アルプス連峰を眺める事で満足出来ると思います。
旧道整備を計画し地元の方々と連携し実行に至るまで成し遂げた、皆様方のご努力に感謝申し上げます。

●RE:拡大三四郎会&芦安初歩き会  蛭川 隆夫(昭39年卒)  
   ****** 2012年10月31日 12:12 参加者宛メールより転載
蛭川です。
まずは、ここまで持ってきた本間プロジェクト・マネージャーにあらためて敬意を表します。ブヨ(アブ?)橋、富士通トラバース、本間階段などを歩きながら、そう感じました。
高谷山から下が一般には厳しく場合によっては危険という皆さまの意見には、賛成です。すでに「一般」に堕した小生は、下りで膝の痛みを覚えては下山すると治る、これを登山のたびに繰り返していますが、今回の痛みは今まで以上で、ブレーキ役となり迷惑をかけました。それで本間さんの予想タイムをオーバーしたようで申し訳なし。下りのないフットパス歩きに転向する前に、吉沢さんがリハビリで復活したそうなのでどんなリハビリかご教示頂ければ幸いです。


会   報

■2012年11月16日 拡大三四郎会の報告 (幹事) 高崎俊平(昭和41年卒)
(編集者註)三四郎会は昭和39〜43年卒の会員の懇親会で、初会が2006年3月4日に開催されたのにちなんで[三四郎会]と名付けられました。

1.月日;2012年10月26日(金)〜27日(土)
2.場所;南アルプス市芦安 「白雲荘」
3.参加メンバー;15名:上原(S33)、仲田(S36)、三井(S37)、遠藤(S37)、宮本(S37)、蛭川(S39)、竹中(S39)、本間(S40)、小島(S40)、小野(S40)、半場(S41)、坂井(S41)、高崎(S41)、佐藤久(S41)、中村雅(S43))

今回の三四郎会は、創部90周年事業の一環として取り組んで来た「夜叉神峠周辺の登山道整備」事業の本年度分として計画し、実施して来た部分が一応の完成を見たので、その完成祝賀会を兼ねて「拡大三四郎会」として開催されました。当初は、晩秋の谷川岳周辺の温泉で、紅葉を愛でながら、本来の「お酒と温泉」を楽しもうと計画を進めていましたが、「登山道整備」が順調に進展し、この時期に完成が見込まれましたので、急遽、転進することにしました。また「拡大」と言う形をとって、従来からの「三四郎会」のメンバーに加え、幅広く針葉樹会員の参加を求め、大勢で「登山道整備」の完成を祝おう、と言う意味を持たせました。これに賛同頂いた多くの会員の皆様に参加して頂きました。
26日(金)に、三々五々、登山道整備の際にベースとした旧芦安村の「白雲荘」に集合し、開会時間前には、近所を散策したり、直ぐ下の「芦安山岳館」に所蔵の山岳書、中でも我々の「針葉樹文庫」等を見学したり、ゆっくりと過ごしました。
18時からの総会(宴会)、及びその後の2次会では、最近顕著になってはいたのですが、参加メンバーの酒量が激減し、酔っ払いは皆無で、その昔の騒乱は想像すら出来ませんでした。また、2次会の話題は、誰が唱えた訳ではないのですが「縄文時代前後の日本の文化、その連続性」(?)と極めて高尚なモノではありました。ただ、それぞれ自説(受け売り?)の主張が激しく、すれ違いが目立った様です。
翌27日(土)は、別途、プロジェクトリーダーの本間さんから詳細の報告がありますが、7時に朝食、それぞれ登山の準備をして、車に分乗して、夜叉神峠登山口の駐車場に向かいました。ここで、「登山道整備」を一緒に実施した、地元の富士通アイ・ネット、「芦安ファンクラブ」の皆さん、加えて、早朝に東京を発った川名(S63)さん、学生部員2名と合流し、8時半開始の、夜叉神峠登山口→夜叉神峠→高谷山→檜尾峠→夜叉神トンネル東口に至る「一橋ルート」の「初歩き会」に参加しました。
なお、次回の幹事役は、中村雅(S43)さん、宮武(S45)さんにお願いすることになりました。

 (編集者註)
   10月27日の「初歩き会」の模様は『国内山行報告』に掲載予定です。




10月27日 8:10
            白雲荘を脊にして勢揃い  
      (後列左から)蛭川、竹中、宮本、佐藤、本間、上原、坂井、高崎、小島
      (前列左から)半場、遠藤、小野、三井、中村、仲田  

会   報

■2012年9月25日 第20回メトロ会懇親会が開催されました。
 去る9/25日、池袋のホテル・メトポリタンで第20回メトロ会懇親会が開催されました。
本年度当番幹事校は東大、東京女子大です。
なお、メトロ会の一橋大学世話人は竹中さんです。
 針葉樹会参加者:上原利夫(S33)、竹中彰(S39)、高崎(俊)(S41)
 一橋山岳部:小宮山尚与志(3年)、町田広樹(3年)
※メトロ会は在京の大学山岳部(日本山岳会学生部に集った仲間)OBの親睦会で、東大スキー山岳部出身の竹内哲夫さん(S28卒、元国鉄出身、池袋のホテルメトロポリタン社長等歴任)が中心となって六大学等の関係者でスタートし、年1回総会を開催しています。
 このメトロ会には故山本健一郎さんがお世話役として活躍されました。

<第20回 メトロ会懇親会>
  次第
   開会   18時
   開会の辞  竹内哲夫(東京大学山の会)
           堂本暁子(東京女子大山行会)
   あいさつ   日本山岳協会会長 神崎忠男
   現役紹介  参加各校
   乾 杯    日下田 實(早稲田大学稲門山岳会)

●2012年9月26日 昨日のメトロ会への出席有難うございました。竹中 彰(昭和39年卒)
     ****** 2012年9月26日HUHACメールより

会   報

■2012年8月23日 南アルプス芦安山岳館で「南アルプス登山史を探る」企画展が開催されています。
                     
************************    竹中 彰(昭和39年卒)
          ****** 2012年8月23日HUHACメールより転載
 日本山岳会の月報「山」8月号に芦安の山岳館での「南アルプス登山史を探る」企画展の紹介が塩沢館長によって寄稿(※1)されています。
企画展は本年6月15日から来年5月31日まで一年間開催されているとのことです。
我々針葉樹会とも色々の意味で近しくなった芦安に足を運ばれる際には是非お立ち寄り下さい。

 ※1ここをクリックすると「南アルプス登山史を探る」PDFをダウンロード出来ます。


【『南アルプス芦安山岳館』ホームページ 「企画展」より転載(抜粋)】

会   報


■2012年6月16、17、23、24日 登山道整備の報告 本間 浩(昭和40年卒)
     ****** 2012年7月4日HUHACメールより転載

針葉樹会員の皆様
「90周年事業」の一つ、「夜叉神峠周辺の登山道整備」の今年度作業が、地元芦安ファンクラブのご協力を得て大方終えましたので、経過をご報告いたします。
** 1.作業日 6月16日(土)17日(日)23日(土)24日(日)の4日間
2.対象区間 夜叉神トンネル東口登山口から檜尾峠まで
この区間の整備により、夜叉神峠〜高谷山〜檜尾峠〜登山口〜駐車場の周回路が完成、新たなハイキングコースが出来ます
3.作業参加数 延べ70人、内針葉樹会員21人(学生2名参加)
4.作業内容 階段・土留め用の丸太、固定用の鉄杭・番線・カスガイ等の資材を運搬、要所に配置する。午後から階段作りと道路拡幅を手掛ける。云わば見よう見真似であり、区間の一部ではあるが「登山道整備」を実感できる作業であった。2日目以降は、初日の作業を区間全域に広める、と同時に難しいプロ的作業も行ない、以下の通りです
@丸太(1,5m)を1/2にカット、急な所・危険な所に階段を作る 
A道幅を広げ、谷側山側に土留め幅止を施し、砂利止めの堰をつくる
B道路の崩れている部分に桟橋をかける
C危険箇所へ木柵を取り付ける

 以上の作業により、登山道はほぼ出来上がりました。
昨年、現状確認のため初めて下った時は落ち葉に埋もれ判然とせず、登山道探しに難儀しましたが、手入れ後の道を歩いてみると、こうも変わったかと感無量のものがあります。
 未だ若干の手直し・部分追加と道標設置が残っておりますが、これは改めて地元と話し合い実施することになります。その節は会員諸兄の再度の応援・ご協力をお願い致します。
 尚完成後の晩秋〜初冬、皆様にご検分いただく機会を設けますので、その際は是非ご参加ください。

(針葉樹会&山岳部参加者) ( )内は卒年:昭和
  6月16日  本間(40)、高崎(俊)(41)。齋藤(正)(42)、中村(雅)(43)、宮武(45)、佐藤(活)(53)
  6月17日  本間、佐藤(久)(41)、齋藤(正)、中村(雅)、宮武、佐藤(活)
         [学生]小宮山(3年)、峯(3年)
  6月23日  本間、小島(40)、中村(雅)、井草(48)
  6月24日  小島、中村(雅)、井草

●RE:登山道整備の報告  上原 利夫(昭33年卒)
     ****** 2012年7月4日HUHACメールより転載

 登山道整備に参加された皆さんへ  @33上原利夫です。
ご苦労様でした。PRが行き届けば、このルートを歩く登山者が増えることでしょう。公共に役立つ事業に針葉樹会が関与できたことは、まことに嬉しく思います。
クラブ活動は、本来クラブメンバーが楽しめばよいのですが、他者の喜びに貢献できるクラブもあることを、学生たちに宣伝しましょう。心ある部員が増えることを期待します。
如水会会報2012年6月号14〜19頁に一橋大学入学式の学長式辞「社会科学の精神」が掲載されています。読み応えのある内容です。新入生がどこまで理解したかわかりませんが、17頁後半に「社会科学の精神」について山内進学長の理解が示されています。些細な90周年事業も、この考え方に適合すると思います。会員の皆さんのご尽力に厚く御礼申し上げます。

【参加者コメント】投稿順
●RE:芦安 最終版  佐藤 活朗(昭53年卒)

     ****** 2012年6月17日HUHACメールより転載

皆様
芦安ではお世話になりました。
きつくて楽しい?山仕事は山登りと共通するものがあると思いました。
地元の皆さまとの交流も嬉しく、機会があればまた参加させていただきたいと思います。
まずはお礼まで。

●Re:芦安 最終版  中村 雅明(昭43年卒)
    
 ****** 2012年6月18日HUHACメールより転載

佐藤活朗さん
登山道作りお疲れ様です。
流石に小生より10才若い若手?の馬力に敬服しました。それにチェーンソーの技術を持っていて大変助かりました。井草さんと共に針葉樹会の数少ない山林技術者ですね。これからもよろしくお願いします。
皆様
初日は雨で生憎でしたが、思った以上に作業が捗り良かったですね。滑り出し上々だと思います。2日目は学生さんも二人参加してくれて大変結構でした。丸太&金棒ボッカは苦しいだけの作業ですが、階段作りは物作りの楽しさがあります。わずかな踏跡程度だった山道が2日間で見違えるほど立派な山道に変わったのを見て、満足感を覚えました。苦しいだけの作業ではないと実感できたのは大きな収穫です。引き続き頑張りましょう。

●Re:芦安 お礼 齋藤 正(昭42年卒) 
     ****** 2012年6月19日HUHACメールより転載

皆さんと一緒に仕事が出来て良かったです。
私は前日まで、車山で足慣らししましたので、辛いながらも何とか持ちこたえました。昨日帰宅後、じゃが薯堀りをしまして、さすがに堪えましたが、それより皆様は、ダニやぶよの被害は無かったですか?私は十数か所食われまして今もボリボリ。
来週参加する方、とりわけ本間様、身体を御労り下さい。来週行けなくてすみません。


●Re:芦安23日・24日作業状況・仮報告  小島 和人(昭40年卒) 
     ****** 2012年7月1日HUHACメールより転載
    
本間さん
16日17日は参加できず失礼しましたが、23日24日に参加できましたので私なりのコメントを以下送ります。正式報告を纏められる際の参考にしてください。
** @ 作業者
23日はファンクラブ6名、富士通9名、針葉樹会4名
24日はファンクラブ6名、富士通6名、針葉樹会3名
と理解してます。ファンクラブは上記より1-2名多い かもしれません、事務局にご確認下さい。
どうも我々の必要工数見積が甘くて針葉樹会の参加者が少なすぎた気がします。
A 芦安トンネル東口から檜尾峠までの山道は大変立派になってきました。取り付きには木の階段が出来、急坂には沢山の階段が出きました。危険な箇所には木の柵が出来ました。
B とは申せ、もう少し階段を作った方が良いところ、道の崩壊を防ぐ柵の必要なところなどもあり道標はまだ立っていません。
何処までで完成というかファンクラブと確認が必要です。
C 2mの木材は50本ほど残っていますしワイアーも残っていますが鉄杭が無くなっています。
予算の内訳も、何処まで使っているのかも解りませんが清水さんの口ぶりから既に予算のほとんどが使われているのではないかと感じられました。
D 作業の参加者からは、ファンクラブも富士通も、完成式みたいのはあるのだろうな?との呟きが出ています。いずれにせよ今のところは皆さん必死で働いただけで良い道が出来たことは実感できても何が完成といわれるのか、何か落とし前のようなものがあるのだろうか?
 といった中途の気分で居られます。
E 道は一橋コースと言うのかどうか考えて提案が必要です。清水さんは「立派な一橋ルートになりますね。」といっていました。
以上の通りで至急ファンクラブと何処までやるかの意識合わせと、予算の使い具合、などを打ち合わせいただき、その上で我々から芦安参加者へのお礼など針葉樹会で考える必要があります。

※この他、当ホームページ 『山行報告』 ― 『三月会報告』
「2012年6月18日開催 三月会記録」に高崎さん、佐藤さんのコメントが掲載されています。

6月23日 11:45
道作り中の井草さん
6月24日
丸太を使っての階段作り
(中段左から中村、小島)

6月24日 15:36
最終日の作業終了後に全員で
(後列)左から2人目が中村、4人目が小島、5人目が井草



会   報

■2012年4月14日 新緑の宴の報告 前神 直樹(昭和51年卒)

         ****** 2012年4月23日投稿

4月14日、新緑の宴開催
出席者  OB   三井、小島、佐藤(力)、佐藤(久)、川名、前神
      学生  山根(4年)、小宮山(3年)
 今年はもしかすると本当に花見の宴が出来るかも思ったが部室横の桜も半分葉桜で、雨も降っていたので室内での宴会になった。
学生が本格稼動をし始めてきているのでかなりの大人数になるかと思ったが、意外と少人数となり、家族的な雰囲気の中で川名さんが指揮して作ったシンプルなれど美味なキムチ鍋を堪能する。それに加えて佐藤(力)さんが差し入れていただくいつもの手料理が加わり、人数の割りに用意しすぎた料理が余り気味となってしまった。
 学生は既に峯君という3年生が入部しているのだがこの日どうしても都合付かず、2人だけの参加となる。準備から一緒にやってOBを歓待することになったが次回からは学生がすべてやるというので楽しみではある。ただどんな料理が出されるかは想像がつかない。
 山の話は散々出たが、厳しい就職戦線の真っ只中にいる山根さんには昔の就職経験談がどんどん飛び出し、そちらの方が参考になったかもしれない。今後のことを言えば、昔と今では就職活動のプロセスが全く異なるのでOBもどこまで何が出来るかはわからない。
入部の勧誘は5月の方がむしろ本番のようで勧誘の手さえ緩めなければもっと入部してくる人間が出てくることを期待させる。
 富士山にもどれだけの人間が来るかは、今後の勧誘活動次第というところ。
以前学生には夏谷川岳周辺のミニ沢登り合宿をやろうと話していたがやはりまずは綺麗な山を見て登ることが肝心と、昨年の徳沢ー蝶ヶ岳に続いて今年は涸沢でテントを張ってOBの方々にも来てもらおうということになる。日時は9月6〜9日。OBの方々にはテントではなく
山小屋で泊まっていただくことは勿論問題なく、昔の合宿のようにわいわいと食事は一緒しようというプラン。
 昨年の月見の宴はトンでもないほどの酒量で出席者の何人かは意識を無くしていたようだが、今年は秩序ある飲み方できちっと掃除をして部室を後にした。

会   報


■2012年4月 芦安との関係が深まっています。 中村 雅明(昭和43年卒)

        ****** 2012年4月13日投稿

 3月30日の臨時総会に於いて、90周年記念事業企画が正式承認され、いよいよ実行段階に移りました。90周年記念事業の3本柱の一つ、夜叉神峠周辺の登山道整備事業の初年度は、芦安ファンクラブと共に「夜叉神峠⇒高谷山⇒檜尾峠⇒夜叉神トンネル東口登山口」(小周回路)のルートの整備を行います。その準備の為に昨年 (2011年) 1月から本間さんを中心とする推進担当が足繁く芦安に通い、芦安との交流を深めてきました。

1.今回の事業の地元受け皿になっていただくのが「芦安ファンクラブ」です。針葉樹会から既に14名(上原、小島、中村(雅)、本間、竹中、三井、遠藤、佐藤(久)、高崎(俊)、宮武、小野、半場、坂井、佐藤(力):名簿順)が遠隔地居住者対象の賛助会員になっています。

2.2011年10月22〜23日に芦安ファンクラブ主催の夜叉神峠西口登山道の整備作業に5人
  (上原、本間、小島、中村、宮武:小島、中村は22日のみ)が参加しました。
  参加者募集のパンフレットには「後援;針葉樹会(一ツ橋大学山岳部OB会)」が謳われ、針葉樹会を芦安ファンクラブの多くの方に知っていただきました。

3.その作業に参加した宮武さんの奮闘記が、同会の会報『芦安ファンクラブ通信』(年4回春・夏・秋・冬発行)の第43号秋に掲載されました(『針葉樹会報』第123号に転載)。
  また、同号に同じ作業に参加された賛助会員の小泉初恵さんが参加報告を寄稿されましたが、その末尾に「なお、針葉樹会のみなさんとお話して、せめて名称の由来など伺えばよかった――・また機会があればよいのですが」と書いていただきました。

4.2009年5月に「南アルプス市芦安山岳館」の山岳図書コーナーの一角に、『針葉樹文庫』が開設されました。それは館長の塩沢久仙氏のご尽力の賜物でした。氏は「芦安ファンクラブ」の副会長をされていますが、「芦安ファンクラブ通信」第44号 (2012年1月) に「「針葉樹会」名称由来」を寄稿されました。「針葉樹会」の名称の由来はもとより、小谷部・森川先輩の北岳バットレスでの偉業、針葉樹文庫の開設、90周年事業としての登山道整備について懇切丁寧に紹介していただきました。以下に全文を掲載いたします。 

※このように芦安の方との人の輪がどんどん拡がっています。今後さらに交流を深め、登山道整備の成果を高める為に、「芦安ファンクラブ」への入会(年会費1000円)、整備工事への参加にご協力をお願いします。

※「針葉樹文庫」につきましては、当ホームページの「文庫・蔵書・著作」−「文庫」をご覧下さい。

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